コウサク その四
夕方。
学校での行動とは意外と制限されるもので思ったよりも徘徊する事もできやしない。
「マサムネ、一緒に帰ろう!」
吉田の言葉にああ、と返事をして席を立ち廊下に出ると、そこには見慣れない男がいた。
「ヒサポンとナッチは掃除先からそのまま帰るって言ってたから校門で待ってると思うよ、ってあれ?」
見慣れない男、いや男でいいのだろうか。
男性の制服を着ているものの、白い肌に、細い体、喉仏も発達していないのかまるで喉に凹凸がなく、顔立ちといったらこいつよりも可愛らしい女を探すほうが大変といったほどだ。
敵意こそ感じられないが、その立ち尽くすという行為だけでこの男が普通の男じゃない事を肌で感じる事ができる。
しかし、敵意を感じられないとはいえ、この女が見かたであるという保障もない。
ニーズの言っていた助っ人というのはエルだけではなかったのか。
「伊達さんは学校の用事があるようです」
暗く、覇気のない病人のような目がさらに暗く沈む。
「そう、なんだ、じゃあ、また、明日ね」
その目とその言葉に操られるように、吉田がそうぶつ切りな言葉を残してこの場から去っていく。
この男なりの気遣いなんだろうか、それとも俺に喧嘩をふっかける準備段階なのか、その真意ははかれない。
「悪いが俺の目は特別製だからそんな暗示は通用しないぜ、何者かは知らないが、ここでは話にくいだろ?」
「伊達さんは話が早くて助かります、話の本題をする上でも屋上までご足労ください」
そう言ってスタスタと歩く彼の動きはまるで隙だらけで、見た目通り、おおよそ武術のたしなみなんてなさそうで、死線を潜り抜けた様子など微塵も感じられない。
屋上は少し風が強かった。
「で、お前は何者だ?俺の事は知ってるようだし、俺は別に名乗らなくてもいいだろ?」
バタンと屋上のドアが閉まる。
「僕は黒江聖一、一連の事件の首謀者といったらいいのかもしれません。セルゲイと同列と言えばおわかりいただけるでしょうか?」
「お前も魔術師の類か?」
「いえ、私は人の身です。歳もあなたと変わりません。本当はもう少し忍んでいるつもりでしたが、そうもいかないほど事態は切迫してきたので。正直、今日のあなた達のだらけきった様子を見て少しあきれていましたしね」
責めるわけでもなく、呆れるわけでもなく、中性的で、それでいて沈んだ声で黒江は続けた。
「昨日の深夜、この学校で戦闘行動があった事は知ってますか?」
俺に話しをしているにもかかわらず、まるで選挙の演説のように多くの誰かに語るような黒江。
吹きすさぶ風が黒江の整えられた髪をなでた。
黒江は笑顔を作るでもなく、敵意の視線をおくるでもなく、ただ淡々と非常に重要であろう話しを続ける。
そう確信せざるを得ない、化け物と対峙したときよりも遥かに強いプレッシャーをこの男から感じるからだろう。
「不死子さんと教会から派遣された誰かが、この学校で変異する怪物と交戦しました。それは妖怪といった者でも体現者といった能力者でもなく、まさに怪人と言うべき存在です。私たちでいうところの魔というものを感じる事のない相手なのですから」
「そんな相手と不死子はやりあったってのか?」
「はい、ですが問題はそこにはありません。そういった存在がいる中で、この学校にはとても強力な結界がはられている事です。あなたは気がついていましたか?」
結界と聞いて俺も顔色を変えた。
「誰が、何のために学校にはるんだ? まさか、その怪人とやらが学校にいるっていうのか?」
「そのいずれも話さなければいけない理由はないのですが、面白くなる範囲で答えますか。昨日の怪人はこの学校に張られた結界を守るべく現れたものです。何人かこの学校に普通とは違った人がいるようですけど、そんな事に僕は興味も関心もないので」
黒江は首を振りながら、言葉の通り興味なさげに言って閉じたドアに手をかざした。
その手に反応するかのように、ボウとドアに何か不思議な模様が浮かび上がってくる。
「超強力、そんな言葉がかすんでしまうほど強烈な結界です。不死子さんでも崩せなかったものなので、私がどうこうしたところでビクともしません」
「まるで自分がやったわけじゃないみたいな言い方だな。で、これはどいう結界なんだ?」
「結界であり、これは装置です。それもとても禍々しい」
「装置?」
「数ヶ月前の……一般的にはセルゲイ事件。外に魔の空気を漏らさないあれと同じ物といって問題ないでしょう。ただ、若干のアレンジが加えられています。この結界の真価は張った人の意思で中の全てを外に出さないという行為の一点にあります」
「……つまりはどういう事だ?」
「端的に説明するなら、一度装置が発動したら、張った本人か、さもなくば結界を解く条件を持っている者の意思でとかない限り学校の敷地から出られません。学校の敷地が別の世界になるといった方が正しいかもしれませんね。もちろん、その間に学校で何がおきようとも外からは確認しようがありません」
「なんだってそんな結界を作る必要があるんだ?」
「……意外と鈍いですね。外には逃がさない。つまり大きな戦闘行動があ
った時に、生徒達を逃がさないという事でしょう。つまり、この結界を張った人は最初からこの学校の生徒達を巻き込むつもりなんですよ。何の武器ももたない状態で、あの事件の時に現れた魔物が学校内で暴れたら。想像は容易いでしょう」
黒江は静かに続ける。
「さて、本題です。私の先生が面白い趣向を思いつきましてね、この学校の生徒を救うためにあなた方に倒してもらいたい人がいるんですよ」
「なんともはやな話だな」
「相沢硬、岩殿鎖、裏辺魂、江橋幻、尾崎鷹、このご人を亡き者にしてもらいたいのですよ、理由はなんとなくお分かりいただけますよね?面白くなるように制限時間をもうけますか。あと三日の間にお願いします。それができなければという事で」
黒江は不敵に笑いながら言うが、俺には黒江にここまで余裕があるとは思えない。
それは絶対な自信があるのだからこうやって俺を呼び出したのだろうけど、それでも物事の主犯だという男を目の前にして、無理やりな条件を飲むつもりなんてない。
「話は終わりか、それなら今度は俺の話を聞いてもらう番だな」
黒江は驚いた様子はない。
が、これといって構える様子もない。
俺は懐からナイフを取り出すと、黒江に向かって斬りかかった。
その瞬間。
「頼んだよ、ヘンリー」
唐突に、黒江は第三者の名を告げた。
目にしたのは稲光のような白い光。
雷と見まがうほどの輝きはその速さゆえに音が後から聞こえてくるものだが、この雷に見まがう一撃は攻撃の後に姿が現れたかと錯覚する。
それほど疾く、そして正確な一撃だった。




