コウサク その参
水泳の授業というか、泳ぐという行為を行うのが僕にとっては中学生の頃以来の事で少し戸惑っていた。
高校の時は水泳の授業がなかったし、バイトにあけくれていたから海にも、市民プールにも出向く事もなかったからだ。
そういう意味で、この授業を少し楽しみにしていた僕にとって、明らかに性的な意味で楽しみにしていて、さらに興奮しきっている江橋を少しうざったくなってきていた。
「スク水グゥレィト!」
満面の笑みで反対側のプールにいる女子達を見ながら鼻息荒く見ながら僕を肘で突付きながら解説を始める。
「合同授業は隣のクラスのおにゃのこが見れるのがいいよな見ろよあの小さい子! 吉田さんっていうだけど、148センチっていう低さで戦闘力92もあるんだぜ! ロリで巨乳、これは犯罪だよな! 戦闘力でいうなら臼井って子が次点で88なんだけど、あの子は水泳をいっつもサボるからな。平均値でいうなら吉田さんの隣にいる鈴木さんもいい線いってるよな戦闘力84でさらに57、86と続くんだぜ、165センチの体には理想の数字だよな、やっぱ剣道をやってると足腰が違うのかね?」
「……何で江橋がそんな事を知ってるの?」
「ばっか、俺の眼力にかかれば容易い事だぜ!でも、今回の目玉はあの金髪の転校生だな、鈴木さんに負けずおとらずのバランス派だな、俺の見立てだと身長165センチ、戦闘力8……」
「いや、いいよ!」
「なんだよ、つれないな。まさか……お前……」
江橋が困惑しながら自分の体を隠すように身を引いた事に何の意味があるのかわからないけど、そんな江橋とのやりとりに助け舟を出すように相沢が声をかけてきた。
「江橋は相変わらず鼻の下を伸ばしてるな」
たしなめるように江橋を受け流す相沢、空手部の主将というだけあって他の生徒とは違う引き締まった体をしていた。
「その目つき……やっぱお前……」
「いや、江橋。女の子のからだをどうどうとそういう風に見るのはどうかと思うだけだよ」
「なんだ、そうはいっても敦也だってそういう目で見るんじゃないか。俺はムッツリ排斥派だからな」
「まぁ、敦也君の事も江橋の事もわかるよ、俺も男だからね。ところで江橋、裏辺さんの数字はどうなってる?」
「……え、裏辺?あーっと、163センチで72、56、82ってところだな。……いや、気持ちはわかるけどさ。やめとけって」
「……大きなお世話だよ」
なぜか裏辺という子に対して江橋はいい顔をしなかった。
それだけで過去に相沢と何かあったのかと感じさせる。
そう触らない方がいい事なのかと、僕が気を使おうとしたところで思った。
裏辺といったら、話にあがっていた裏辺しかない。
「江橋、裏辺ってどの子?」
「うあ、敦也お前、あの金髪の転校生の隣の極端に胸が薄い子だよ。髪が跳ね上がってるあの子」
僕は裏辺の姿を確認すると「そう」とだけ返して目線を正宗にそらした。
裏辺のとなりで話をしているその姿、正宗なりの警戒なのか何なのか。
思えば正宗の事を学校で見るのは初めてだ、いつも見ている顔といっても肌を露出する事は少ないし、水着姿といったらこういった事でもなければ見る事なんてありえなかったろう。
江橋の言う通り、均整のとれたプロポーションをしているし、発達している筋肉が他の女子達とはまたちがった色気を出している。
「なんだ、敦也は金髪がお好きだったか。データは……」
「いいって!」
「そうだね、何にか彼女こっちを睨んでいるようだし」
水泳の授業は思ったよりも楽しめた。
「それにしてもちょっと意外、マサムネったら泳げないんだもん」
「うん、スポーツ万能なイメージがあったからね。でも、少し教えただけで泳げるようになるんだから凄いね」
「俺は泳ぐって事をした事がなかったからな、初めてだが楽しかったよ。そんな話なら高橋だ、なんだあの素っ頓狂な泳ぎ方とスピードは」
「デュフフフ……」
更衣室の中でそんな会話をしながら、俺は水泳の授業の間中、屋上からこっちを監視していた男を思い出していいた。
背丈はおそらく敦也よりも大きく、そして鋭いのか、優しいのかもわからない変わった目をした男。
袖のラインをみると同学年らしいが、俺のクラスにも敦也のクラスにもいない。
敦也は遠くて気がついていないようだったが、あの殺気を放つ存在感は近ければ気がつかないはずがないほど鋭いものだ。
考えなくてもわかる、俺と敦也のクラスではないもう一つのクラスであるB組にいるのであろう、もう一人の敵だった。
「でもナッチはバタフライであんなに早く泳げるのは凄いよね」
「私はマダムバタフライだから、ところでマサムネ。何か怖い顔してるけど?」
「え、そう?」
高橋はめざとく俺の変化を見逃さなかった。
たまに高橋はすさまじいほどの鋭さを見せるが、何か特殊な訓練でも受けているのだろうか。
「いや、別に。ところでB組に背の高い男がいないか?髪が肩くらいまである男だが」
俺の言葉に鈴木も吉田もハテと首をかしげるが、裏辺はその手をとめ、高橋は気にもしないように答えた。
「B組だったらたぶん尾崎君」
「尾崎君ってあの不良の? ナッチ、何でそんな事を知ってるの?」
吉田が驚きながら言ったけど、高橋はまるで気にもしないように、いつもの調子で答えた。
「何でって、同じ部活だもん。マリモ好きに悪い奴はいないわ」
「ナッチ、あんたってそんなにマリモ好きだったっけ?」
「ほどほどにね」




