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現の責任  作者: 面沢銀
仮面の少女編
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サイカイ その弐

 八月も、もう終わり。

 暦の上ではもう秋だというのに、今年の夏は元気イッパイに続いていた。今日の暑さはそれに輪をかけて酷いというのに、蝉の鳴き声はとんと聞こえやしなかった。

 あまり俺は考えた事はないが、確かに地球の温暖化とかなんとかは進んでいて、少しずつ地球はぶっ壊れてきているんじゃないかなんて事を考えちまう。


 だが、それもニーズと不死子に言わせると、戦争の時以外に人がいつも言うお約束の話題という事らしい。

 とにかく何かと戦っていないと気がすまないのが人間らしく、大手を振って喧嘩できないのなら目に見えない何かに喧嘩をふっかけるしかないというわけだ。


 言われれば確かにそうだ。

 俺には縁がないが、学校のテストだって形を変えた喧嘩だし、会社社会の出世競争なんて喧嘩以外の何者でもない。

 それに満足できないような暇人がエコロジーにかこつけてそんな事を言っている、極論だけどそういう事なんだろう。


 僕等の地球を守るとかなんとか言っているが、僕等のなんていっているあたり人間の傲慢もいいところだ。

 地球ありきで存在してるくせに実に偉そうだ、と人間の俺が言うのもはなはだしいし、地球に負担をかけないという考えは共感できる。


 だが、それはあくまで自己満足の世界。

 地球がそれを望んでるかどうかなんて知らないし、そもそも地球がそんな事を考えるわけもない。


 そういえばニーズがガイア論なんていう地球も一つの生命体で意思をもっているなんて理論があるなんて事をこの前に言っていたが、仮にそうだとしたら、さらに俺達の考えるエコとかなんとかなんて気にとめる事のないほどのどうでもいい事なんだろう。

 地球が本当に怒ったら、そもそも俺達なんてゾウに踏み潰される蟻以下の死に方をしておしまいだ。

 そんなちっぽけな存在の一人のこの俺が、こんなくだらない事を長々と考えてしまうあたり、やっぱり今日の暑さは異常と言ってもいいのかもしれない。


 いつものようにダラリとソファーに横になりながら、頭の思考だけで無駄に体力を消費したような気になっていると、ふと窓から涼しい風が入って来て、俺の頬を撫でた。

 ふと、俺が病院を退院した時の事を思い出す。


 あれからもう五ヶ月がたっているのだ、光陰矢のごとしとはよくいったもんだろう、過ぎてしまえばあっという間、俺が退院してから五ヶ月、加えて俺達の世界がひっくり返った事件から半年がたっている。

 いや、もしかしたらまだ半年なのかもしれない。


 世間ではセルゲイ事件と名づけられたバイオテロから「まだ、半年」と言っていた。

 俺達はもともとそんな世界にいたから、時の流れを早く感じるが。世間としては世の中に化け物が溢れかえったという核爆弾級の破壊力のある事件なのだ、時間の流れを遅く感じるのも、理解できなくはない。

 だが、世間のたくましさとは大したもので。街に化け物が横行しているという世の中にすっかりと馴染んでいた。


 テレビの上に流れる危険区域の速報なども日常になって、化け物がいるならいるなりの日常をすぐに構築するあたり、これも俺には理解できない事だ。

 事件当時は民間にも銃の販売の許可をとけたたましく騒いでいたりした団体も、学校や会社を休みにしていた世間もほんの一ヶ月、いや一週間で日常を取り戻していた。

 いや、日常に何かフィルターを通したといったらいいのかもしれない、現実を現実と認識して、ありきたりなものになってしまったという事か。

 それは結局、逃げているという事になるんだろうが。それについては俺は人を言及できるほど立派に生きちゃいない。


 ……暑さとはかくも俺の思考をおかしくするのか、自分の小難しい考えしかできなくなっている頭に嫌気がさして不て寝でもしようかと丸くなったところで、俺よりもさらにだらけた奴が入って来た。


「やー、今日も暑そうだねー。ほれほれ、救援物資を買ってきたぞ、冷え冷えのアイス。まさに神の食べ物じゃのう」


 いつも食べているメロンバーをべろべろと舐めながら事務所に入って来た不死子は、それを口に咥えて無言で俺にあずきのアイスとチョコレートのアイスを見せる。

 俺は黙ってあずきの方を指差すと、寝転んだ俺の腹の上にあずきのアイスをポンと投げた。


「クーラーを入れたいところじゃのう、あまりわしには関係ないからいいのじゃが」


「喧嘩売ってんのか、クーラーは室外機の取りつけとかの関係で駄目らしいからな。扇風機くらい俺が自腹で買うべきか」


「おー、買うがいい買うがいい。わし、宇宙人ごっこ好きじゃし」


「俺はお前のオモチャを買うわけじゃない」


「扇風機と一緒に他の服を買って来るといい。なんじゃその白のタンクトップは」


 パリッっという乾いた音と共に、霜を飛ばしながらアイスの袋を開ける。

 アイスから拭きあがる冷気が、それだけで俺の火照った思考をクールダウンさせ、間もなくたまらなくなった俺はアイスにかぶりつく。

 口元に冷えた感触が伝わり、そんな憎まれ口も冷静に対処できるほど即効性の幸福感が俺を満たした。

 そうなるといつもは相手をするのをめんど臭くなる不死子の世間話にも進んでつきあってやろうかと思うあたり我ながらげんきんなものだ。


「服を買えって、別に服なら持ってるぞ」


「持っているとお主は言うが似たようなジーンズを洗い代えを何本かと、可愛らしくもない無地のTシャツばっかりじゃろう。お主も年頃の少女としての自覚をもっと持たんといかん」


「お前みたいな夏でも冬でも同じ着たきりスズメに、服をとやかく言われるたくない」


「何を言う、季節に合わせてわしは生地を変えたりしておるし、柄も毎日かわっておる。もしかして、気がついておらんかったのか?」


「生地はわからんが、柄も変わっていたのか。色くらいはわかっていたんだがな」


 「これだから」といって不死子はコンビニの袋から週刊誌を取り出すとそのまま読み始めてしまった。

 なんとも今日はおとなしい事だ、暑さのせいか。

 それならそれで俺はしばらくまただらけるとしよう。

 そう思って俺が落ちついたところで、不死子がまた俺に声をかける。なんだろう寝ようとしていたところに起こされるような不快感。


「今さ、今年の夏の不思議事件特集っていう記事を見てるんだけどさ。こんなの本当にあると思う?」


「あると思うと言われても、俺はその記事を読んじゃない」


「ん~、読むかの?」


「いや、遠慮しとく。どうせくだらない記事だ」


「つまらん女じゃ、まぁかいつまんで言うと必ず事故る交差点とか、カップルで訪れると必ず別れる神社とか、真っ直ぐ進んでいたのに道の最初に戻ってしまう道路とか」


「なんだそれは、どんどんしょうもない話になっていくな」


「そう言われてしまえばそうじゃがのう」


「そんな話で肝を冷やさなくても、今は現実に化け物が徘徊してるだろ。なんでそんなしょうもない怪談話をでっちあげなければならんのだ?」


「わかっておらんのう、日常にありふれたからこそ非日常を感じて楽しむのじゃろう?」


「駄目だ、やはりわかりかねる」


「人面犬や口避け女なんてものでは驚かなくなったというわけじゃよ」


「何だそれは?」


「え、知らんのかえ? 世代の違いかのう……少し前にあった仮面の女子高生も知らん?」


「仮面の女子高生、何だそのふざけた冗談は?」


「少し前に噂にあったんじゃが、モンスター系は溢れかえっておるからのう、ブームにもならんうちに消えていったのじゃが」


「あまりにもくだらなすぎて誰も食いつかなかったんだろう、意味がわからんし。それに、もっと恐い化物の生き残りもまだいるだろう」


「それを言ったら話は終いじゃろうて、全く面白くない奴じゃのう」


 そうやって会話をぶった切ると、俺は今度こそと思って体を丸めようとした。

 が、今度は俺が思い直した。


「そういえばニーズはいつ頃戻ってくるんだ?」


「うん? そういや帰って来るのって今日だっけ、わしも似たようなもんに顔だすけど、あれって終わってもすぐに帰れんのよ、いろいろな軋轢もあるからのう。ところで敦也はどこいったんじゃ?」


「敦也は藤咲に呼ばれてどっか行った、何かは聞いてない」


「聞いておきなさいよ……留守番のできない子達だね……」


 暑いからという理由でドアを開けっぱなしで拭きぬけにしておいたから、この白い小さな魔術師の接近がわからなかった。

 言って魔術師協会に顔を出していたニーズは自分の机にドカリと腰掛けると、机の上に足を投げ出す。


「はいお帰り、どうじゃった久しぶりの会議は?」


 読みふけっていたくだらない女性週刊誌をポンと机に置くと、それよりも面白そうなだと感じたのだろうかニヤニヤしながら不死子が、暑さで不機嫌というわけではないニーズに詰め寄った。


「しかし、日本は暑いわね。なんつーか、このじめっとした感じ?これが嫌よね」


「それが日本じゃろ、普段は四季が感じられて日本は最高とか言ってるのに」


「与えられた環境を受け入れてるだけよ。ま、師匠の故郷だから気にはいってるけどね。で、話があるんだけど。まぁ、それは敦也が帰ってきてからだね」



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