コウサク その壱
「だいぶ氣の流れが歪んでおるのう……それになんじゃこの禍々しい結界は……」
「げひゃひゃひゃ、これはファーザーが心配するのも無理はないなぁ」
「もともとこの街は鬼門じゃが、ここ最近は先の一件でただでなくてもおかしな事になっておるというのに。それに……最近は珍客も多い事じゃしのう……」
「そうみたいだね、これじゃ年寄りにはキツイんじゃないの?」
「馬鹿にしおってからに、まだまだ引退はできぬわ。言っておった龍眼の娘も弱っておるというのに」
「そっちはそっちで若すぎるんからなんでしょ?げひゃひゃひゃ、苦労してますね。それじゃ行きますか」
「しゃあないのう、しかしこいつら」
「いや~、俺の若い頃にそっくりだな~」
「お主があんなにハンサムだったとは思えぬが……まぁ、よい。ここは学び舎じゃからお主は少し自重するのじゃぞ」
「了解です。ま、ボチボチ協力してやりましょう」
「一山いくらの奴等とはわけがちがうようじゃからの」
「わかってますって」
現の責任 第三話 コウサク
ここ半年を振り返って、ニーズ達と一瞬たりとも目をあわせなかったのは昨日が初めてだったと思う。
学校を卒業してからというもの、思えばこれといった休日というものもなく足げにニーズの事務所に通い続け、仮に行かなくとも三人のうちの誰かしらとは会っていた。
もはや日課というよりも日常の一コマとなっていたのだけど、昨日は学校から出ようとしたところで携帯に着信がある事に気が付き、留守電に入っていたメッセージは「今日は私いないし、不死子も帰ってこれそうにないから来なくていい」という簡単なものだった。
同じく学校に通っている正宗にも会えていないのだから、つまり昨日は誰ともあわなかったというわけだ。
とはいえ一昨日、サリーに痛い目にあっているし。正宗のクラスの人も黒と聞いているのだから不安でないわけではなかったのだけど。
昨日に関しては渦中の人のサリーも特にこれといったアプローチもなく、物珍しさで話し掛けてくるクラスメートと、親しく話しかけてくる江橋とコミュニケーションをとっただけの何もない一日だった。
このままずっと何もなければよいのだろうけど、その流れだけは絶対にないので諦めるしかない。
いつ何が起きるかわからないっていう緊張感、だからこそ正宗と接触しておきたいのだけど、設定の上ではお互い面識がないという事になっている。
それが転校生二人がホイホイ会話してては秘密裏に潜入した意味がないだろうと学校では正宗と会わなかったんだけど、サリーの話を聞くぶんに僕達の身の上はバレているようだから、もはや潜入そのものに意味はない。
気が重い朝の登校でそんな事を考えていると、知った顔が僕の眼に飛び込んできた。
「はい、おはよー! 今日も一日頑張ってね!」
校門での朝の挨拶。
教師陣とおそらくPTAの人が今の引っ込み思案な子供達にしっかりとしたコミュニケーションをとらせるために率先して挨拶をさせるように、お手本として登校中の学生に声をかけているのだろう。
そういった意図を汲むのならば、今の挨拶は完璧といえるほど快活なものだった。
その声に校門をくぐる生徒は注目するけれど、その注目する視線はそのハツラツとした声だけのせいではないだろう。
バリッとしたスーツを着こなす長身のその女性は、堂々と張った胸と腰のくびれ、そしてその腰周りと美しいまでにひょうたん型になっており、ワンピースのスーツはその体のラインをより一層引き立たせており、男子ばかりでなく、女子でさえそのプロポーションに目をうばわれていた。
さらに日本人ではないのだから、その注目度といったら満点の中の満点だろう。
僕も何の知識もなかったら、この女性のインパクトに目を奪われたかもしれない。
しかし、残念な事に僕が目を奪われたのはその見た目とかではない。
存在に驚いたという点だけなら間違いはないかもしれないけど、僕の場合は何でこの人がこきにるのという驚きだ。
「エルさん!?」という驚きの声を必死に飲み込む。
それでどんな表情になっていたのか僕自身がわからなかったけど、不意の驚きで足を止めた僕にエルさんが気が付いた。
エルさんは僕の様子をみて満足そうに笑う。
それは完全に無邪気ないたずらっ子のそれで、とても二十五歳のいい大人の表情ではなかった。
「お、そこの君。朝から元気がないぞ!どうした?」
元気がないように見えるのは間違いなくエルさんのせいなのだけれど、エルさんは我関せずといった確信犯めいた表情。
その表情を見ただけで、驚きが諦めに変わって落ち着いてこの状況に対処できそうになる自分が少しだけ嫌になる。
「いえ、ちょっと朝から驚く事があって」
「それは大変ね、元気を出してね!」
そうやってエルさんはウィンクまでしてくれた。
いろいろと聞きたい事はあるのだけど、こうも人通りがあっては面と向かって何か聞くわけにもいかないだろう。
僕はありがとうございます、とだけ言って極めて自然にエルさんに一礼して通り過ぎようとしたところでエルさんが小声で一言漏らした。
「今日来る子は味方よ、安心して」
かすかに耳に入るその声に、また戸惑うけれど僕はそのまま校門を潜った。
ニーズ達が話さないから危機感が薄いのかもしれないけど、考えてみれば今回の騒動はダニエルだって関わってきてるんだ。
まだ見ぬレミングス・ホーも悩みの種の一つだろうし、あの夜に僕に声をかけてきたザンビディスだってあれから進展がない。
もしかして、こんな悠長に学校に通っている暇なんて本当はないんじゃないだろうか?
「おう、兄ちゃんおはよう」
不意に花壇の植え込みの掃除をしてる用務員のおじさんに声をかけられて、ハッと僕は考えるのをやめる。
最近の悪い癖だけど、何かにつけて深く考えるようになってしまった。
ニーズや不死子さんが何もしないって事は、何もするべき状況ではないって事だ、僕があれこれと考えてていても何ができるってわけじゃないし、逆に今はこれでいいから僕を学校に通わせているんだろう。
「おっす、長瀬!」
「ああ、江橋おはよう」
今はあまり深く考えずに、ニーズや不死子さんの言う通り、この学校生活を楽しんでおこう。
少し息を切らしている江橋、おそらく僕の背中をみかけて走ってきたんだろう。
「敦也、校門に立ってた女の人見た? 外人の!」
「見たというか、声をかけられたよ」
「マジか!? 羨ましいな、俺も何か一言欲しかったぜ、しかしこの学校も国際化が進んでるな、んでもさすがにあの先生は攻略対象外だろうしな」
「……何をする気だよ江橋」
「何って、ピュアなラブさ。まぁ、イベントCGの一つもあるだろう」
江橋の思考回路というか、物の考え方は会って数日だというのにつぶさに理解していたから得にこれといって驚きはしない。
「江橋君おはよう。今日は早いね」
「おう、相沢。今日はちょっとしたイベントが二つあるからな。ヴァンガールの黄金騎士は昨日ははやめに寝たんだよ」
「イベント? ああ、今日は水泳の授業があるからね、今年はまだ暑いから助かるよ」
「確かにな、温暖化ってやつ? 予報じゃ十月に入っても残暑が厳しいらしいし、冬服になる頃には涼しくなってたりしないかな」
江橋に話しかけてきたのは、だらしなく調子のよさそうな江橋とは正反対の、素朴で真面目そうな男子生徒だった。
顔を見た記憶がないあたり隣のクラスなのだろう、身長は僕と同じくらいだろうか中分けの髪にキチンとしたネクタイ姿、姿勢もピッっと正している姿は飾り気の無い優等生をイメージさせる。
彼は僕に気が着くと、ハッと気が付いたように笑顔を見せる。
「あ、君が二学期から転校してきた長瀬君だね。僕は相沢硬、江橋君と同じアパートに住んでいるんだ」
「そそ、ほとんど毎日遊びにいったり来たりしてんだよ。ただこいつ空手部の主将だから帰りが遅くてね、主将じゃ俺みたいに適当にやれないだろうしな、しかしサッカー部に入ってもモテなかったなぁ」
「はは、人生は甘くないって事だよ」
二人はとても仲が良いらしく、その会話に僕の入り込む余地はなかった。
それでも僕は不快感なんて無く、その二人の様子を見守っていた。だって本当に二人共楽しそうなのだから。
こんなに何気なく楽しそうな日常を僕は楽しむ事ができないのが少し寂しいけれど、何とかこの二人のような日常を守らなければならないと義務感を感じていた。
「ごめんね、長瀬君。おいてけぼりにしてしまって」
「ああ、悪いな。転校してきたばっかなんだからもっと気使うべきだった」
「ああ、いいよ。気にしてないから」
「そういえば、もう一つのイベントってのがそれなんだよ」
「それ? 何だい?」
「始業式には間に合わなかったらしいんだけど、うちのクラスにもう一人転校生が来るらしいんだよ、しかも女子」
「ああ、それで。でも、どっから聞いたんだいそんな話」
「ふふふ、幻様の情報網の広さを甘く見るなよ」
二人には何気ない朝の会話。
しかし、その言葉だけで僕は理解していた。
エルさんが言っていた今日来る味方、それはその子なのだろう。




