オイノリ その四
「正宗、ほんとにいいの? 敦也君に会っていかなくて。他にも沢山友達がいるんでしょう?」
「ああ、いいんだエル。俺は敦也の傍にいちゃいけない。それに気のせいなのはわかってるが、完全に目の力が戻ってからは敦也だけじゃなくて他の連中にも会うと力が弱まりそうでね」
「なんだか魔術師みたいな事を言うようになったわね」
「ま、そういうなよ。俺にもいろいろあった」
「……髪は切らない方がよかったんじゃない」
「たまに思うが、願掛けみたいなとこもあったからな」
俺はバチカン行きの飛行機の中に居た。
あの水扉駅爆発事件から二十日、ようやく交通規制が解けたというわけだ。
爆発事件といっても中性子爆弾が吹っ飛んだわけじゃない。さすがの俺もそんな爆発には耐えられない。つまりはニーズの水害やピエールのバハムートの突進の隠蔽上でそういう事になったそうだ。
街自体はワイナモイネンの広域洗脳のおかげで、その数日は特に人が大きく反応するわけではなかったし、ワイドショーのネタとしては持って半年で、その次の節目は一年目というところだろう。
あの夜、俺は爆弾を止めた。
魔力という物を科学的に言うなら核エネルギーという理屈は合っているらしい、細かな事はわからんが俺が斬って止まったというのならそういう事なのだろう。
あとはお偉いさんに任せるしかない。
俺に意識はないのだが、魔力殺しなんていう能力はとんでもないものらしく。俺の希望を含めてニーズと話し合い、教会で働く事になった。
ニーズのように言うならば理由は三つ。
一つ、個人ではなく大きな後ろ盾がないと俺の存在は危うい。
二つ、俺自身が強くなるには自分をもっと追い込まなければならない。
三つ、もう敦也と会いたくない。
これにつきる。
魔術協会では科学者の群れに実験動物を送るようなものだというニーズの意見もあり、華舞雅城の世話になる事も考えたが、繋がりの深さを考えて教会という事になった。
「姐さん、どんくらいで着くんですか?」
「八時間で着くよ、そういえばエヴァは英語できるの?」
「英語を含めて五ヶ国語は」
「見かけによらないわね」
行き場を失ったという事で江橋も教会で保護する事になった。待遇としては同僚なのだろうか、そうなると同期という事になるのかそれは不明だ。
大したものだと思うのは、あれだけの事があって笑っていられるという事。
俺は無理をしても笑う事はできない。
そうするしかないとはいえ、惚れていると理解したうえで俺は敦也を殺したんだ。とてもじゃないがそんな気力はない。
あの時の俺は眼を覚ました時、自分の能力で葵藤の呪いを理解していた。
だから最初から離れるつもりとはいえ、あれではさすがに気まずい。
初めて敦也と再会したあの夜、俺は敦也を殺した。
それは葵藤のかけていた呪縛を反射的に殺し、敦也の身体に宿した再生能力を復活させる事になってしまった。
それなら魔力を宿したそのその身は俺の目にとっては格好の殺害対象になるはずだが、そうはならなかった。
それは何故か?
俺自身の身体に敦也の肉体そのものを強化させる呪いが移植されていたからだ。
俺の身体能力が高かったのは一重にそのおかげだ。
そして今回、俺が復活するために敦也に残っていた能力のさらに半分が俺に与えられた。
ならば敦也はただの人間になるのかというとそういうわけではない。
体現者は存在そのものが、その事象である。
敦也は不死。
半分わけていたからこそ、不完全だったのだ。
だが、全部失うという事は零からのやり直し。
不死性という体現でなければただの人間になれたのかもしれないが、不死ゆえに能力も元に戻る。
不完全である呪いは、得てして敦也を守っていたのだ。
その不死性を俺なら殺せるかと思ったが、そうはいかなかった。
今の俺では敦也の不死性を殺せない。
俺は敦也と一緒にいたいと思ったが、そうはいかない。隣を歩くには俺は物騒すぎる。
無自覚に殺し続ける存在と、死に続ける事ができる存在ではお話しにもならない。
だから俺は傍にいられない。
それに敦也にはもうタマがいる。
タマは可愛いし、俺よりもよっぽど愛想がいいし、この事は誰にも話さないでおいたから急に刺してきたトチ狂った俺の事なんて憎んでくれるだろう、意識すればいいだけだからきっと敦也はすぐに忘れるさ。
だからこれは願かけだ、この髪がまた同じくらいに伸びる頃には俺もきっと強くなって。
その頃には敦也も俺を忘れるだろう。
この先もきっと敦也は危険な目にあうだろうが、復活の炎があれば言葉の通り死んでも生き返る。
おれがその能力を殺すまで、死ぬことはない。
「正宗、変な表情。笑ってるんだか泣いてんだか……」
「つまりは普通の表情なんだろ」
「いや……まぁ、いいわ」
飛行機のテイクオフのアナウンスが流れる。
俺は吉田達と学校で撮った写真を見た後、目をつむって少しだけ敦也意外の皆の顔を思い出して、そして最後にやっぱり敦也の顔を思い出す。
じわりと目頭が熱くなった。
「まだまだ修行が足りないな……」
そう知らず知らずに呟いて、まだ疲れている体が求めだした睡魔に身を委ねた。
死ねない辛さを、俺はこの数年近くで見てしまっていたからこそ、強く思う。
次に敦也に会ったら、確実に殺せるように。
大好きな彼を、殺して救えるように。