ガッコウ その九
いつものように目を覚まし、いつものように朝稽古をし、いつものように朝食を食べる。
そんないつもの習慣と違うのは、その後に学校の制服に袖を通し、登校するという行為が加わった事だ。
八時を回る頃にはニーズも起き出す時間だが、今日に限ってはまだ寝ているようで、俺は返事が返ってくるわけでもないのに「いってきます」と家を出た。
昨日の大雨が嘘だったかのような快晴の空、目にする朝日の光と、行き来する人達の喧騒。
そんな中にいられるわけがないと昨日までの俺は思っていたが、なかなかどうして、実際にその中に入ってみると、居心地はそう悪くは無かった。
だからといって気を緩めているわけではない。
電話に入っていた敦也のメッセージ、その真偽を裏辺に問わなければならないし、もし戦闘になればポケットに忍ばせたオモチャみたいなナイフでやりあわなければならないのだ。
それにあまり繋がりを持たないようにと注意はされているものの、学校の中で敦也と行動をできないままでは意味がない。
ただでさえ目立つ状況の俺達だ、周囲に友人になったと思わせる儀式めいた事をしないといけないあたり課題は山積みだ。
朝から襲われはしないだろうという楽観的な考えと、そんな理由もあって登校は俺一人、状況が悪くなれば一緒にという事になるだろうが二日目の時点では、まだそんな必要はない。
それに敦也は学校まで距離があるからバスで登校するらし。
距離としては自転車で通える距離らしいが、何か自転車登校にはどんな理由かは知らないが、何かトラウマがあるらしく、それならばバスでという事らしい。
学校に近づくに連れて制服姿が多くなり、それがピークになるのは正門前の長い坂。
坂比良高校は名前の通り、正門前が緩やかな長い坂になっており、その坂にさしかかれば、学校の私有地というわけではないのに、もう坂比良の制服しかみれなくなる。
おはようと挨拶が飛び交う中、下駄箱で俺も同じ声をかけられた。
「おはよ~、マサムネ」
「おはよう吉田」
「ん~ん、ヨッシーでいいよ」
「そうか」
吉田の下駄箱は一番下の段らしく、靴をしまうためにしゃがんでまるまる吉田は本当に同年代かと思えるほどに小さい。
ニーズのほうがよほど小さいのに、そのニーズよりも小さく感じてしまうのは吉田が少し子供っぽいからなのか、吉田は教室に入るまでに昨日の甘味所での話や見たテレビの話など機関銃のように喋る。
俺は相槌を打つくらいしかできないというのに吉田は本当に楽しそうで、教室に入るやいなや先にきていた鈴木と高橋をつかまえて同じ事をもう一度話はじめる。
俺は鈴木と高橋に軽く挨拶をすると、まだ空いたままの後ろの席に目をやる。
裏辺はまだきてはいなかった。
休みならば聞くまでもなく黒で確定か、なんて事を考えているとギターケースを肩に背負った裏辺がホームルーム開始ギリギリで教室に滑り込んできた。
かいてもいない額の汗を拭うようにしながら、慌てた様子で席についた。
「おはようマサムネ」
「おはよう裏辺」
「違う! タマ」
「そうか」
さっき吉田と似たようなやりとりをしたなと苦笑いしていると、担任から音楽室がボロボロになっていったという話があった。
敦也の一件か、などと思い裏辺の様子を見るも、裏辺はまるで初めて知ったみたいな顔で驚いている。
それはどう考えても演技ではなさそうで、俺はそっちで眉をしかめた。
すると裏辺はニーズの言っていたように誰かに操られていて、裏辺はその間の事がわからないのか。
それならばサリーと繋がりがあるのは、裏辺を操っている奴っていう事になるから俺からアクションを起こす事はできなくなる。
ならば般若も操られているだけか。
そうなるとこちらからできるアクションといったらサリーという奴をを問い詰めるしかない、敦也がやらないというなら俺が。
しかし、そんな俺の考えなんて吹き飛ばす事体がおきた。
うわのそらで聞いていたが、担任はたしか社会学の教師が事故をおこして変わりの先生がくるなんて話をしていた。
そう、新しい先生が来るといったのだ、先生っていうのは教師って事だ。
そして俺の一時限目は社会学、その教師が来るはずなのだ。
俺だけではなくて、その事態に教室全体が戸惑っている。この中で顔色一つ変えないのはパッと見渡す限り高橋しかいない。
何せやってきた来た教師と名乗る人物は日本人ではない。
驚くべき事に、今、教卓の前に立っているのはエルなのだ。
退院してから日本にいるのは知っていた、しばらく顔を見せないなとは思っていたが教師になっていたとは思わなかった。
そんな考えが一瞬よぎったが、いやと自分で頭を振って否定した。
そんな俺を見て楽しいのか、エルはニヤニヤしながらこっちを見てウィンクなんてした後に、いけしゃあしゃあと自己紹介をはじめた。
「エミリー・マリエッタ、デース。ミナサン、ヨロシクデース」
ざわつく教室、笑うエル。
誰もこの展開についていけない中で、エルは満足そうに続ける。




