トガビト その士
遠くから聞こえる銃声、爆発音、それ以外は実に静かで。慣れてくればそれらがまるで小鳥の囀りのように僕の脳に安らぎめいたもものを感じさせる。
いつからこうなってしまったのか。
今にして思えば最初からこうなる事が決まっていた気もする、単純に今までそれがどうしてなのかわからなかっただけで。
複雑な気持ちではあったけど、不思議と悲壮感みたいなものは感じない。
それどころかどかスッキリした気持ちさえあって、ガーブを探し彷徨うこの瞬間も本来は焦るべきだというのにどこかそれを楽しむ気持ちさえ少なからずあった。
駅の構内の大部分を走り回った後、冷静になって考える。
大量の水で駅の構内はボロボロだ、そんなところに爆弾を設置しなおすだろうかと。
近くの開けた場所。
そこまで考えが行き着いた時、僕は駅に近年併設されたプレイタワーの映画館に足を運んでいた。
並々ならぬ気配を感じ取り、すぐに予感は確信に変り、やがて一番大きなスクリーンで待ち構えるようにガーブは待っていた。
スクリーン中央の人気が集中するであろう座席に座り、カーテンの閉じられたスクリーンの代わりに舞台の上に設置された爆弾を見つめるガーブ。
「来てもらいたくはなかったが、君は来た。それが全てだろう」
初老の風貌のガーブはゆっくりと立ち上がり、僕を見下ろす。
「私の事は知っているかね?」
「ええ、僕の故郷を焼いた方ですよね」
「いかにも」
ガーブは警戒する様子もなく話を続けながら僕へと歩み寄る。
「君は良い人間かね?」
「……わかりません」
「そう答えるだけで君は充分に良い人間だと言える、この世に悪い人間などいないのだ。それはなんらかの罪を犯した人にさえも、でなければ救われないだろう。死の先が苦痛では誰もが報われない。長瀬君、かつて私は君の故郷を焼いた。同時に君と同じ体験を幼少期に受けた。私の故郷も君と同じ呪われていたのだ。自分の世界は常識からはかけ離れていたと認識するのに時間がかかった、そして理解した末に私は思った。もし自分の故郷が平安を崩すのならば故郷に起きた事実は無理からなる事だなのだと。だが、私はだからといって常識からズレた故郷の者達を悪とは思わない。皆にそういう概念は無かったし普通というものがズレていた。ならば彼等の善はその悪習こそ善なのだ。私は世の中の善を守るため別の善を駆逐し、その中でそれは悪だと認識するこの世界にただ一つの悪であるようにと誓い、そして自分を戒めてきた。長瀬君、君はわかってもらえるかね?」
ガーブの言葉はそれが既に攻撃なのではないかと感じるほどに圧力めいていた。
「その理屈で違う人を排除していったら、最後は一人になっちゃうじゃないか」
「それは段階にもよるし、世界の全てを選定するだけの力は無いよ。だが、このおかしな街を世界から消すくらいはできる。これが最後の仕事だ」
「魔術や協会の人間だって、普通とは違うじゃないか?」
「何を言っている、彼らは普通の人間だよ?」
「なにっ!?」
「知っているだろう、人間足り得ない素質をこの街に住む人は大なり小なり持ってしまった。そういう事だよ、ただ苦悶もある大儀のためにその普通の人間も手にかけなければならなかった、特に最近のあの女性、聞いた話では子供が中にいたらしいのに」
ガーブの言葉に僕は絶句する。
「藤咲さんを……ころ……したのは……」
「そう、藤咲。藤咲正美だった」
僕の中で何かが弾ける。
彼は僕を、僕達を否定した。
だから街を救うとかそんな大げさな理由じゃなく、こんな人間らしい理由でコイツと戦おう。
「藤咲さんの仇だ!!」
至近距離、僕にとっては手の届く距離。
だけど、僕の拳は届かない。
いつの間にか数センチどころか数ミリというところまでガーブの顔が迫ってきている、腹部から来る鈍い痛みと吐血を伴いながら思い出した。
いつか不死子さんから聞いた技、たしか寸頸。
どういう理屈なのか、内臓がボロボロになる威力を伴った打撃だというのに僕の身体は後ろに飛ばされる事もない。
その損傷した腹部に追い討ちをかけるように、今度はただ単純な力技の蹴りが僕の腹部に放たれた。
舞台のカーテンを引きちぎり、銀幕に穴を開けるように吹き飛ばした威力は、脳に直接くる衝撃よりも遥かに僕の意識を刈り取ろうとしていた。
理解不能の痛み。
ではない。
一度体験した、激痛。
紫電と学校で交戦した時に受けた耐えようとする事を許さない、催眠めいた痛み。
これでは物理的に傷が治ったとしても、痛みのショックで死んでしまうかもしれない。
身体を引き起こし渾身の力を込めて跳躍し、舞台から最後部の座席まで距離を置きガーブを今までとは逆に僕の方から見下ろす。
「既にこの身はボロボロでね、そう長い事は肉体の強化はできないんだ。せめてこの手で幕をと思ったが、さすがに君ほどの能力者が相手では難しかったか。それも真の覚醒を始めていると来た。宣言しよう、再び私の間合いに入れば君の勝ち。そうでなければ私の勝ち、あとは時間切れでも私の勝ちと言えるかな」
言いながらガーブは手に光の球を作り出し宙に浮かせる。
「私の絞りかすのような力ではもうこのダビデの投擲も自由には使えないな、まったくさしもの私もバハムートまで呼び出すとは思わなかった」
そうガーブは寂しそうに笑って。
「さぁ、最後の戦いだ」
戦いの火蓋が改めて下ろされた。