ガッコウ その八
「ああ、不死子なら。ザンビディス関係でなんでもお偉いさんが来るとかで行っちゃったよ、明日にならないと帰ってこないと思う」
そういえば確かに僕達が学校に行くって話で右往左往している間、不死子さんも何か忙しそうにエルさん達に連絡を入れたりとかしていた。
僕達には特に心配はないなんて言ってたけど、あの常に余裕をみせる不死子さんが切羽詰っていただから実際は何か大事なんだろう。
ともあれ、不死子さんが何も言ってこない以上は僕達は現状の問題を一つ一つ解決していくしかない。
ずぶ濡れになって帰って来た僕とは対照的に、正宗は好んで使うとはとても思えないファンシーな折りたたみ傘をさした正宗が帰ってきたのは六時にさしかかる頃だった。
雨はやむどころか勢いを増すばかりで、雨音が少し耳障りになってきたところで、ニーズが話を切り出した。
「さて、じゃあ正宗も帰ってきたところで今日の出来事でも報告しようか」
正宗は少し濡れた足や腕をタオルで拭きながら一言答えた。
「俺はどう報告したらいいのかわからんな、仮面の女を見つけたがどうもよくわからん。なんともフニャフニャした奴だった。そいつの名前が裏辺っていうんだが、ニーズはあの魔術師の関係者だと思うか?」
あっけらかんという正宗に僕は面くらいながらも、正宗は正宗で大変だったんだと同情する。
それにしても正宗が、そんな限りなく黒に近い相手と対峙して何のリアクションも起こさなかったのが少し以外だった。
ニーズはさぁねと手をすくめてみせた後、僕に話をふってきた。
「僕の方はこの前の仮面達と関係があるのかわからないんですけど、魔法使いか何かに襲われました」
人の事なんて言えたもんじゃない、僕だっていざ話すとなると、まるで他人事みたいに話していた。
辺に感情をこめて言う内容じゃないとはいえ、自分でこんなにもドライになってしまったのかなと少しそんな自分がショックだった。
逆にクールに受け流しそうな正宗が、本当かと身を乗り出してきいてきた。
あれだけの目にあっていあがらだけど、言うべき事なんて思えばそう多くない。
自分のクラスの委員長が僕を知っていて、あまつさえ殺す気はないといわれはしたもののいきなり襲いかかられた事、その指先から白い糸が伸びてきてつかまると自由を奪われるなんて事くらいしか今日はわかりはしなかったのだから。
僕の話を聞くだけ聞いて、ニーズはサリーの魔法使い説を否定した。
「う~ん、魔術師にしては応用力がなさすぎる。っていうか仮に魔術をかじっている奴だとしても、敦也にいいようにやられちゃう時点で大した事ない魔術師だね。むしろそんなの魔術師見習予備軍心得くらいよ、おそらくは何らかの体現者なんだろうけどね。敦也、自分で言ったようにそのサリーっていうのと敦也はたまらなく相性が悪いから、できればもう戦わないで」
最初の頃、さりげなく馬鹿にされた気がするけど、最後のもう戦いたくないっていうのは僕も思っていた事で、勝つとか負けるとかそういう問題じゃなくて、僕自身が彼女ともう戦いたくないと思っている。
僕が平和的に行きたいっていうのに、正宗ときたらやっぱり好戦的に笑っている。
「敦也が駄目なら俺がそのサリーってのを倒せばいいのか?」
正宗の単純な考えをニーズが即座に否定した。
「いや、正宗も相性が悪いね。身体の頑丈さが敦也以下なんだからもっと相性が悪いっていってもいいよ」
俺も駄目か、とつまらなそうに言う正宗ニーズが続けた。
「そのサリーはおそらくトラクタービーム。ようは念動力を使うみたいね、自由に物を動かせるってわけじゃなくてその白い糸をつないだ物を動かせるんでしょ。しかもそれを飛ばせるっていうんじゃ、二人が捕まったら最後、そのまま宙を運ばれてプールにでも沈められたら最後でしょ」
ニーズの言葉にゾッと血の気が引いた。
僕がどんなに身体を再生させようと呼吸ができなければ死んでしまう。
サリーがいっていた殺しはしないっていうのは比喩表現ではなくて、殺せるけど殺しはしないっていうニュアンスだったんだろう。
それであの強烈な殺気の意味を今になって理解できなかった。あれは殺気どころか僕が感じ取っていた死の匂いだったわけだ。
「ま、そのサリーってのに関しては、私が手配した助っ人が明日から行くはずだから、そいつにまかせちゃっていいよ。とりあえず、サリーは黒なんだからマークしちゃていいよ。あとは裏辺だけど、そういった能力者がいるなら、その裏辺って子をだれかが操ってるって事もありえるわね。首尾良く怪しい人と接触してるのを見かけたらそれを押さえるにこした事はないよ」
「じゃあ、現状維持でいいのか?」
「そうだね、とりあえずは普通に学校生活を送ってちょうだい。二人共、今そこで学ぶべき事があるんだから。そういえば正宗は今日は遅かったけど何してたの?」
「ああ、誘われるままに甘味所に寄っていた。ここにいるばかりではわからない世界があるんだと痛感させられたよ」
「そ、ならよかったわ。そのまま女子高生を楽しんでちょうだい。んで私の話なんだけどね」
正宗の言葉にちょっと羨ましがる表情を見せると、ニーズが今日あった事を話し始めた。
「敦也は知ってるけど、今日はダニエルがきた。セルゲイ事件のあおりを受けてあっちの内部でもごちゃごちゃしてるらしくてね。おなじみのヘッドハンティングをされたのよ」
「え、それだけですか?」
無味乾燥なニーズがそんな事であそこまで腹をたたせるわけない、きっとそれ以外の事を言われたのだろうけど、ニーズは何も言わなかった。
突っ込むべきか、口をもごもごさせる間にニーズは話を続けた。
「……他にも、まぁ他にもいろいろあったけどね。ま、それは私の問題だし。とにかくまた一悶着あるって事よ、裏辺の後継者が来るみたいだしね」
「後継者?」
正宗がはたと声をあげた。
「裏辺が研究してた生物兵器の事じゃない、まさか裏辺一人でやってたわけではないだろうし。前は裏辺寄りだったダニエルが、個人的に警告してくるんだから変なのが来るんだよきっと」
あんなに毅然とした態度でダニエルを追い払ったにもかかわらず、ニーズはどこか迷っている様子で小首をかしげた。
「同じ穴のムジナじゃないんですか?」
「大雑把に見たらそうなんだろうけどね、組織ってのはそうそう潤滑に流れてるわけじゃないって事よ、続報がないザンビディスといいレミングすといい、悩みの種はつきないわ」
そう言って小首をかしげるニーズ。
いつもはこういった話題をきれいにまとめあげるのだけど、やはり今日はどこかおかしく、さじを投げるように適当に話を切り上げた。
現状維持とは言っていたけど、話を聞く限り随分と混乱した状況になりそうなのにこれでいいのか不安になってくる。
よほど何か言おうと思ったけど、今日はもういいよといってニーズは背を向けて椅子にもたれて寝つこうとしているあたり、逆に声がかけづらく。
正宗も今日はもう疲れたと自室に戻ってしまい、僕は何か取り残されたような孤独感を感じながら、事務所にかける事にあまり意味の無い鍵をかけて帰路につく。
外は雨がまだ降り続いていた。
事務所の備え付けの傘を一本借り、その激しい雨足に気乗りしないながらも一歩踏み出せばバラバラと雨を弾く音が強烈に響き、路地にでるまでのわずかな時間で保護し切れない足はすぐにまた濡れてしまう。
暗い夜道を見て、少し雨が弱まるまで待とうかと考え始めると。
その時、通りの影に確かにこちらを見る人影があった。
この付近は不死子さんのはった結界のおかげで、この建物や付近にいる人を認識できないはずだというのに、その人影はこちらを見ていたし、僕に気が付いた瞬間に逃げるように走り去る。
偶然見ていたというわけじゃない。
咄嗟に手にした傘を投げ出し、走りだしその影を追ったけどすぐに見失ってしまったものの、その後ろ姿はやっぱり坂比良の女子の制服。
髪は長くはなかったからサリーってわけではなさそうで、おそらくはあの時のジェイソンマスクと同一人物だろう。
正宗の後をつけたのか、それとも僕か、ともかく報告しようと近くのコンビニまで走って、公衆電話から事務所に電話をするも誰もでない。
仕方なしに留守電にメッセージを入れ、もう傘をさす意味もないくらい再び濡れた体で僕は家路についた。
濡れた服に体温を奪われながら思う。
ニーズや不死子さん達は気楽にいうけど、今度の学校生活は、楽しむ事なんてできそうにない。




