ガッコウ その六
気が重いままに事務所に帰ると、僕を迎えてくれたのは仏頂面のニーズと、おだやかだけどどこか人を見下したような、以前とかわらない印象の羽織袴の外国人がいた。
「あ、長瀬さん。お帰りなさい、どうもご無沙汰しております」
物腰はあくまで丁寧だけど、そのこちらを舐めるように伺う丁寧さが逆に感にさわるというのがニーズの言い分。
正直なところ、僕もこの外国人ダニエル・グッドマンに良い印象は持っていない。
だけどこうも丁寧に挨拶をされては、僕も挨拶を返さないわけにもいかない。
「こんにちは、こちらこそご無沙汰してます。今日はどういった事で?」
「なに、今日も簡単なお仕事の話をニーズさんにお持ちしまして」
「敦也、湯のみは下げていいよ」
にこやかに言うダニエルの言葉に、ニーズは慇懃無礼にそう言い切った。
露骨に早く帰れっていう事なんだろうけど、ダニエルは気にもしていない様子で笑ったまま話を続ける。
「大丈夫ですよ、私もいつまでものんびりとはしていれませんので、もうおいとまします。話しの方は受けてもらえますか?」
ダニエルの言い方は丁寧だけど、話しの見えない僕にもわかってしまうほど、卑怯というかあくどいというか、否定できない内容をあえて確認するような、そんな意地悪さが含まれているのがありありとわかる。
ニーズは悩むというか我慢するように表情を変えたところで、ニヤリと意地悪そうに笑った。
「返事はNOよ、悪いけど他をあたって」
何を話していたにせよ、場の雰囲気からきっと話しを飲むだろうと思っていたから、これにはダニエルも眉を釣り上げた。
「本当ですか、悪い話ではないと思うんですが?」
「こっちはこっちで忙しくて、そんな事まで手を広げられる余裕がないのよ」
「そうですか。それでは仕方がありませんね、でも気が変わればいつでも連絡をください。くだんの一件がおわるまでは駅前のダイアモンドパレスに部屋をとって滞在していますので」
「わかったわ、無いとは思うけどね?」
「そうですか、それは残念」
「敦也、塩持ってきて。できれば固まってるやつがいいわ」
「やれやれ、嫌われてますね」
言ってダニエルは一礼して僕の前を通りすぎると、ニーズに見送られて事務所を後にした。
僕も見送った方がいいかと考えたけど、ニーズの様子を見る限り逆にそんな事しないほうがいい気がして、とりあえず雨に濡れた身体を拭いた。
「お帰り敦也、久しぶりの学校はどうだった?」
「思ったよりもエキサイティングでしたよ、正宗はまだ帰ってきてないんですか?」
「まだ帰ってきてないよ、今時の女子高生なんだし少しくらいはおおめに見ましょ」
思っていた以上におおらかなニーズの対応に僕は少し戸惑いながら、さっきのダニエルがやはり気になった。
「さっきのダニエルは?」
「ああ、不死子達が帰ってきたら話すよ。敦也レミングスって知ってる?」
いきなりニーズが聞いてきた、ふと何のことかわからなかったけど、思い出してみてどうしてそんな事を聞いてくるのかと思う。
「魔剣を持った人でしたよね、剣の名前ハンニバルでしたっけ?」
僕の言葉にニーズは首を振ると、そういった意味の質問じゃないと言って自分の机に腰を落とすと、ごちゃごちゃした机の上の物を乱暴にどかして無理矢理空いたスペースを作ると、頭の後ろに手を組んで椅子のせもたれにふんぞりかえりながら、作った机のスペースに足をなげだした。
この姿勢の時のニーズは大概は難しい事を考えているか、機嫌が悪いかのどちらかなんだけど、今日に限ってはどちらもらしい。
魔剣ハンニバルに魅入られた人をレミングス・ホーという。
それ以外でと言われても僕には思いつく事もなくて、ニーズは察してくれたのか話を始めた。
「確か日本での名称はタビネズミって言われてたかな? 知らない、海に飛び込んで集団で入水自殺するネズミの話」
「いえ、あいにく」
「固体が増えすぎると自然のバランスを守るために海に飛び込んで集団自殺をはかるのよ、種の存続のために自殺するって話」
ニーズはそんな事で嘘を言う人じゃないだろうから、それは本当の話なんだろうけど、その話を聞かされてもにわかに信じられなくて戸惑ってしまう。
「そんなのどこか矛盾してません? 生きるために死ぬなんて、言葉にするとやっぱり変ですよ」
「そうだね、海や川に飛び込んで大勢の犠牲がでるから、レミングスは死の行進なんて意味で使われるけど本当は違うんだよ。もともとレミングは泳ぎが上手いんだ、さっきも言ったけど日本ではタビネズミって言われてるほどだしね。レミングはその地域で固体が多すぎるから新しい生息地を求めて旅をするんだ、その時に渡り切れなかったりするから結果、集団自殺みたいになっちゃう。でも、そいつらにとっちゃ死の行進どころか、むしろ生きるための行進だよ。それも自分達だけじゃなくて自分達以外も守るためのね」
「でも、やっぱりおかしくありませんか?」
「そうかしら、良し悪しは別として日本がやった特攻隊とか似たようなもんじゃないの?全てを守るっていう点では大きく違うけどね、用は何がいいたいかっていうと、そういうのって少し人にも当てはまるんじゃないかなってね」
ニーズの言ってる事は僕には難しすぎて、相変わらずよくわからない。
僕があっけらかんとしていると、ニーズは自分から話しをふっておきながら「まぁ、どうでもいい話なんだよね」と締めて僕の事なんて忘れたかのように、さっき自分がよせた机の上の荷物の中からゲームをとってはやり初めてしまう。
たまにニーズはこうやって哲学めいた事を話てみては、スイッチが切り替わるかのように他の事をはじめてしまう。
しかもニーズは自分のそういった癖を自覚してないらしくて、ニーズに言わせると私の無意識かのストレス解消法なんじゃないの、なんて他人事に言っていた。
確かに壁なんてボコボコ殴り出すよりはよっぽどいいのかもしれないけど、毎回聞かされるこっちとしては話が話だけに何かあるのかと毎回驚いてしまう。
「そういえば不死子さんは?」
姿の見えないもう一人の偏屈の事を尋ねてみると、ニーズは思い出したように言った。




