ガッコウ その参
「特には決めてない、思えばどんな部活があるか知りもしないな」
俺の言葉に吉田がまた驚いた。
本当にコイツは感情表現が豊かというかなんというか、俺の今までに出会った事のないタイプの奴だ。
俺の言葉を受けて弁当を頬張りつづけていた裏辺がやっと声をあげる。
「部活といえばナッチのあの話を思い出した、たまにナッチは凄いと思う」
「もっと……誉めて」
再び高橋がニヤリと笑う、それを受けて鈴木が俺にどういう事か説明をしてくれた。
「夏樹ってば部活やるのが嫌で入学した時にね、ここって生徒が部活を立ち上げるのも自由だから帰宅部を立ち上げて帰ろうとしたのよ、もちろん却下されたんだけどね。で、部活動発足承認委員会に健全な高校生活をおくれる内容のしっかりした部活なら認めるっていわれたらしくて、それで夏樹は観葉植物栽培同好会ってのを新たに立ち上げたのよ。発足書類には
「植物を栽培する事は情操教育の一環であり、また植物を育て観察する事は責任感を持たせ、細かな事に気がつく注意力を向上させると思います」とかなんとか書いてね」
「それで通っちゃったんだよね」
「そう、君子の言った通りそれでめでたく観葉植物栽培同好会は発足されたわけ。で、実際の夏樹の活動は何だと思う?マリモを理科室に置いて週に三回メモ丁に変化なしって書くだけの内容よ、そんな部活って言えるの?」
「それだけじゃないぞ、ナッチは週に一回マリモの水をかえてる」
「だから何だっていうのよ……」
鈴木が呆れたというよりも、諦めたといった声をあげると、高橋は一言
「ハッ」と、それをどういう意味と捉えればいいのかわからない一言で返事をした。
「でも、タマはサボるために部活を作るっていう前向きなんだか後ろ向きなんだかわからないナッチのそういうところ好きだぞ」
裏辺のフォローと捉えていいのかわからない発言に、高橋は微笑とも冷笑とも言える、やはり捉え所のない笑顔で返した。
「正美は音楽とか興味ないか? マラカスとかトライアングルとか簡単なとこから教えるぞ」
「タマ、軽音部にはマラカスもトライアングルもないでしょ」
「でも、音楽は楽しい。正美、タマは軽音部だから今度の生徒祭で演奏するんだ楽しみだろ?」
これといった表情の変化もなく、俺がそれを知っているかのように会話を振ってくる裏辺。
普通すぎる話で俺も呆けてしまっているのか、というよりも本当にコイツがあの時の仮面だったのか疑問に思えてきてしまう。
俺がそんな事を考える微妙な顔をすると、裏辺は教室の後ろのロッカーを指差す。
裏辺の示した先には皮製のギターケースが堂々と置いてある。
「あれがタマの宝物だ」
そう裏辺は心底嬉しそうに、ガラス玉のように澄んだ綺麗な瞳で俺を見ながら微笑んだ。
「私は家庭部なんだけど、でも不器用だからいつも料理すると指を怪我しちゃうんだ」
そう言って吉田は指先を俺に向けて差し出した。
気になっていた指先に張られた多くのばんそうこうの意味はそういう事だったのか。
と、思ったがそれでも不可解だ。
何で指先を丸めて使う包丁で指の先を怪我するというのだろう。
俺の疑問をよそに吉田は満面の笑みだし、それに今度は自分もとばかりに鈴木が便乗して自分の所属部を紹介してくる。
「私は剣道部、実は小さい頃からやってるんだけど。全然強くなくって」
「剣道部ね……」
気づかないうちに私は声をあげていた。
「あれ、伊達さん剣道部に興味ある?もしかして前の学校で剣道部だったとか?」
「あ、いやそういうわけじゃない。でも、剣道に似たような事なら俺も小さい頃からやっててな」
「そうなんだ、それじゃ明日にでもちょっと見学してみる?」
「ああ、そうだな」
どうせどこかには入らなければならないんだ、それなら少しでもかじった事のある部活に入った方が得策だろう。
だが、本来の目的を考える敦也と同じ部活に入った方がいいのか、何にせよ明日ならば今日にでも相談すればいいだろう。
「それで伊達さん、今日は暇?」
「暇ってどういう事だ?」
鈴木の幅広く解釈できる質問に俺が聞き返すと代わりに吉田が答えた。
「今日は皆でナッチが見つけた餡蜜屋さんに行くんだ、一緒に行かない?」
「ウィス」
高橋が自慢気に笑ってみせる。
この誘いに俺はどう答えるべきか戸惑う、裏辺の様子を見るにはついていった方がいいのか。
だが、この裏辺ははたして本当に警戒すべき相手なのだろうか?
約一週間前に俺と大立ち回りを演じた女にしてはあまりにも無防備で、あまりにも俺に対して警戒心がなく、それに加えてこの性格だ。
「なぁ、裏辺」
何とかカマをかけようかと咄嗟に声をかけたが、あまりに考え無しだったからそこから続く言葉が出ない。
が、裏辺は答えた。
「タマでいい、皆そう呼んでる」
裏辺は疑心を持っている俺が馬鹿みたいに思えるほど優しく微笑みながらそう言った。
その言葉に触発されて皆が続く。
「私もヨッシーでいいよ」
「ナッチ」
小さな体をはずませて吉田はそういい、高橋は相変わらず言葉少なげに一言で意思を表明した。
唯一、鈴木だけは笑顔を見せない。
「私は寿子ってよんでくれればいいよ、呼び捨てでかまわないから。私もそうするし」
「え~、ヒサポンのが可愛いのに~」
吉田がそう言うと高橋も裏辺もヒサポン、ヒサポンとからかうように連呼する。
「あ~、もう嫌なんだって言ってるでしょ」
その言葉とは裏腹に、寿子の顔はどこか楽しそうだった。
この空気、ニーズと不死子が馬鹿やって敦也をからかう時に似ている。
「ほら、伊達も言ってみるといい。ヒサポン!」
薄笑いを浮かべながら言うタマ。
いや、裏辺に俺は遠慮しとくとだけ答える。
「伊達はノリが悪いな、そうだ伊達にもあだ名をつけよう。何がいいと思う?」
裏辺がそう言うと、この4人の連携はすさまじく早く、今の寿子の名前を連呼する状況が一変、俺のあだ名をつける流れへと急変する。
「う~ん、ダテっちとか?」
「君子、自分が適当につけられたからって他人にもそうするのはどうか?」
「え~!」
「タマはダテダテかマミーがいいと思う」
「それも何か正美のキャラと違う気がするけど」
どれも御免蒙るあだ名の案が行き来する中、驚くべき言葉を高橋が口にした。
「……マサムネ」
ボソリと呟かれたそれは、あまりの不意打ちで俺の思考を遮断するには十分すぎ。同時に三人をそれだと頷かせた。
一拍遅れて、俺が「えっ?」と長子を漏らす頃には俺のあだなは何の因果かマサムネで定着していた。
「それじゃマサムネ、今日はタマの分も楽しんでくれ」
「えっ?」
何の事かと俺がまた間の抜けた声をあげると、裏辺が続いた。
「タマは生徒祭でやるバンドの練習で行けないんだ、また今度な」
それは今日、裏辺の顔を見た次にインパクトのある事体だった。
裏辺が来ないというのなら、この誘いに乗る必要性が絶無になる。
「そうね、タマより先にマサムネと仲良くなってるわよ」
鈴木は話を聞く分に、他の連中をあだ名で呼んではいなかったはずなのだが、なぜか俺に限ってはあだ名で呼んだ。
「えへへ、楽しみ~」
「……楽しみ」
「午後から雨が降るみたいだから早めに動きましょ」
吉田も高橋も俺の方を見ながら飾り気の無い、純粋な笑顔を俺に投げかける。
これはもう断れる空気ではない。
半ば諦めるように脱力する俺だったが、正直なところ少しだけこの空気を楽しみはじめた俺もいるのを感じていた。
まるでニーズや不死子、エルやトール、そして敦也と一緒にいるような。
断れる空気じゃない?
いや、違う。
断れるのだろうけど、俺は断ろうとはしていなかった。
それは自分でもよくわからない感情。
わからないが、この短時間で何か俺の中で変わっているような。
いや、これも違う。
この短時間というわけではなく、俺にはこういった変化の兆候が少し前から少なからずあったのかもしれない。
認めるべきか、認めざるべきなのか。
さっきまでまるで意味のなく感じていた学校という空間が、少しだけ楽しい。




