ガッコウ その弐
「私は紫色の髪がいいな」
「また、夏樹ったら。紫色なんておばちゃんじゃないんだから」
「ナッチは紫か、タマはピンクの髪がいいな。でも紫も可愛いと思う」
「私は……やっぱりタマちゃんと一緒でピンクがいいかな? 伊達さんは髪どんな色にしたい?」
「どうでもいいだろう」「違うといったらなんなんだ」「それを聞いてどうしたい」そんな言葉を返そうとしていたところで話のベクトルが変わり言葉に詰まった。
そして考える、どんな色の髪にしたいか、という事を。
時間としては1秒にも満たない時間、その時間で随分といろんな事を考えた気がする。
「さぁな、考えた事もないからわからん。お前等そんな事をいつも考えてるのか?」
考えてみたがわからない、わからないなら聞いてみるしかない。
「いつもってわけじゃないけど、でも少しでもお洒落してみたいとかは思ってるよ。ちょっとこの三人は特殊っていうか考えがアレだけど」
鈴木の言葉を聞いて、ならどうして興味を持つのかと疑問を持ったが、言われて冷静に四人を観察してみると同じはずの制服が少し変わって見える。
ネクタイ一つとっても説明では一般的なネクタイの着用と説明を受けたのだが鈴木と高橋はネクタイをしていて、吉田はリボンのようなネクタイ。裏辺にいたってはネクタイをしていない。
さっき三人が立っていた時も、裏辺と鈴木と吉田はミニスカート気味にスカートが短く、裏辺はさらに飾りベルトを腰に捲いていた、かと思えば高橋は指定されていた長さ。
決められているはずのルールを脱線してはいるが、逆に決められた範囲で精一杯、お洒落とやらをしているのだろうか?
決まり事を守れていない以上、誉められた事じゃないとは思うが、そういう意味では細かいながらも自分の表現として大したものだと思う。
話を察する限り、そういった細かな表現から染髪は脱してしまうから、私の髪の色が羨ましいといった所なのだろう。
「アレって何よぅ、ピンク可愛いじゃん」
「そうだ、タマだってピンクがいい!」
「紫」
「だからピンクとか紫って現実的に考えてみて、紫は……まぁ、おばちゃんでいるけどさ。そんな頭してたら変でしょ。そりゃテレビでそんな子もたまに見るけどさ、でもあれじゃ可愛いってかピエロよ」
鈴木にたしなめられて吉田は眉をしかめながらも、鈴木の言葉に納得しているのか「むー!」と唸り声をあげるだけだった。
「タマはピエロでもいいと思うけどな」
逆に裏辺は動じない様子で小首をかしげながらそんな事を言っている、高橋は鈴木の話しを聞いていないのか弁当を食っていた。
鈴木の言葉を聞いて俺はそういうものなのかとしか思えない、確かにピンクの髪して歩いて奴なんて見た事はないし、いればおかしな奴だと俺だって思う。
が、それは他人だからか。
「紫色の髪をしてる奴なら知っている、確かに変な奴だな」
「え、いるの!?」
鈴木が驚きの声をあげる。
鈴木の言うように確かに変な奴だが、身内でしかも魔法使いってなると別に髪が紫だろうと気にもしなくなるものらしい。
「ま、確かに変な奴だがおかしいってほどじゃない。見慣れてて似合ってるから気にもしなかったが普通はあんな髪の奴はいないな」
「それって伊達さんのお母さん?」
「とんでもない、あんなもんが母親であってたまるか。そうだな……友人の一人だ」
俺がそう言うと、吉田がニコニコしながら言葉を返す。
「へぇ、アバンギャルドな友達がいるんだね」
俺はまぁなと返事をしつつ先ほどから気になっている事を吉田も聞き返してみる。
「その紫の髪は年寄りくさいのか?」
「えっ? まぁ、白髪に映える色らしいから、やっぱりおばちゃんがしてる印象があるけど」
「そいつは地毛だが、なるほど気の毒だったんだな」
なるほど、からかうネタが増えた。
こういう話も無駄ばかりじゃないんだな。
「地毛っていえば、伊達さんみたいに綺麗な金髪の人も普通はいないよ」
「そうだね、本当に綺麗な金髪。私もそんな金髪になりたい」
「おー、ヒサポンは金髪か」
「紳士ね」
言われて、自分でも気がついた。
確かにこんな頭をしている奴も街を歩いてはいない、なまじ目や力なんて人にはない物を持って人とは違うと自覚していたからそういう所のズレにどうやら俺は無頓着だったようだ。
普通の中に紛れてみてれ、私の意識していなかったズレがわかってきた気がする。
「さっきの髪の色の話、俺は黒がいい。皆と同じ色になってみるのも面白いな」
面白い、そんな事を口にした自分に少し驚いた。
少し前に不死子が言っていた、非日常の中にいるからこそ日常の中に面白味をみつけるという意味が今ので少しわかった気がする。
そんな事を感じ取れるようになったあたり、俺もずいぶんと丸くなったもんだ。
これもあの一般的な日常の塊みたいな敦也のおかげか、それともそんな敦也を作り上げてきた学校っていう空間に俺が今いるからか。
朱に交われば赤くなる、そんな言葉を思い出しながら日常は続く。
「伊達さんって普段どんな番組みてるの?」
自分の弁当の包みをほどきながら興味津々といった面持ちで吉田が新たな話題を切り出してくる。
吉田の言い方はテレビを観ているというのが既に前提となっている質問だ、吉田にはテレビを観ていないっていう考えはないのだろう。
それもそうか、一般的な女子高生の情報媒体といったら、きらびやかなティーン誌かテレビくらいのものだ。
流行りすたりに興味の無い、というよりも興味という感覚が欠如しているような私にはどちらもあまり縁のないものだ。
「朝と夕のニュースくらいか、俺はあまりテレビを観ないんだ」
あしらうようにそう答えると、吉田は口を半開きで呆けていた。
「夏樹と同属だね、世の中やっぱり似た人ってのはいるもんだ」
高橋はニヤリと笑いながら、俺に何か友好的な視線を黙って投げてきた。
その瞳の生暖かさたるや、まるで久しぶりに十数年来の友人にでも会ったかのような、そんな目で見られては背中がこそばゆくなってくる。
「私なんて今見てるドラマが六つもあるのに」
吉田はそういって驚いた顔のままに背筋をピンと伸ばした、その幼い顔立ちと小柄な体に比べて不自然に発達した胸がツンとシャツを引っ張る。
その様子を鈴木が恨めしそうにながめながらさらに話しを変える。
「話し方の感じからしてストイックなのかなって思ったけどやっぱそうなのね、ところで伊達さんはもう入る部活決めた?」
ころころと変わる話題に俺はいささか戸惑いながら、鈴木の言葉で入学手続きに言われた事を思い出した。
この坂比良って学校は多くの人との交流ってのが校訓にあるらしく、進学校としては珍しく部活動への加入が強制なのだ。
つまり、坂比良の性徒は全員が何らかの部活動に所属しているという事になる。
それだけでも十分に変わったシステムだというのに、説明された部活動のルールはさらに変わっている。
一人一人が責任を持って自己管理するという名目のもと、部活動の所属は強制でも参加は半強制なのだ。
どういう事かというと、自分で部活参加のシフトを作りそれを顧問に提出するというシステムで、生徒は週に最低3日の部活動参加を強制されるものの、その参加日は自分で決められるのだ。
つまり月、木、金と部活に出れば、あとは各々の自由。
もちろん七日部活に出てもかまわないが、とにかく週に三日出ればあとはサボろうがどうしようがおとがめなし。
逆にそのルールを守れない場合は厳しいペナルティが課せられる。
運動系の部活ならばそんなサボリ半分では大会などで勝てはしないだろうが、そういった奴はそもそも勝とうという意思で入部するわけではないのだろう。
ゆえに心血注いで部活に打ち込む者と遊び半分で仕方なく部活に打ち込む者の二極化しているのが現状らしいが、それでいて坂比良は部活でもかなり強い事で有名らしい。
そんな厳しいのだかおおらかなのかわからないような部活態勢で一定以上の志気を保てるのは、この学校の生徒の質の高さからなのだろう。
と、思ってはいたのだが。
このかしましい様子を見せられてはそれも怪しいもんだ。




