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薬師エノーは今日も頑張る 1

本作は、「女神の眠りのあとで」と同一世界観、別時代の短編です。

全三話の短いお話になります。気軽に読んでいただけたら嬉しいです。

そっ……と、薬液を垂らす。

ポン、と小さな煙が出て、粉は色が変わった。


「成功成功……」


粉を紙包に入れて折りたたんでいるのは、ボサボサの長い髪、瓶底眼鏡、おまけに大変顔色の悪い魔法使いだった。


「子供用の甘い風邪薬……完成。これで芋と人参と交換してもらえる……闇魔法使い様々だねぇ……」


男は息を吐いて、近くに置いてあった本を閉じる。

薬学、と書かれたその本は、まだ新しかった。

ーー闇魔法使いたちの暴走が収まり始めてから10年。

世界には、じわじわ闇魔法使いたちが戻りつつあった。

その魔法の特異性、そして……闇魔法使いたちが魔法の代わりに研究していた分野なども、少しずつ広まり始めている。

この男も、そんな技術に興味を持った一人であった。

薬学。その分野に惹かれ、自分の魔法も鍛えつつ、薬学に手を出した。

ーーそれが、周りから、変わり者……と見られていても、気にならないのは男の気質的に良かったのか悪かったのか……



外に出ると、太陽が眩しかった。

もやしだと自覚している魔法使いには、少々出かけるには厳しい天気だった。


「こんちはー……」


目的の家までたどり着く。出てきた女性は、魔法使いの顔を見るとぱっと表情を変えた。


「おや、エノーさんじゃないかい!アンタの作る、薬……?とやらで、息子の風邪もだいぶ良くなったんだよ!」


光魔法使いさまはこんな辺鄙な村に来ないからねぇ……そう言いながら、風邪薬と今日の食料を交換する。


「サーセン……」

「ちょっと多めに入れておいたよ!アンタはホントに昔っからひょろ長いんだから!」


背中をバンバンと叩かれて、エノーは思わずむせた。



箒に簡易風魔法陣を取り付け、そのうえで自分と回路を同化させる。

……風魔法は、難度が高い術だ。簡単には使えない。

しかしエノーは、そのままひょいと跨って、村の外へ向かい始めた。


「やっぱり箒だと乗り心地が……多少高くてもボード買っとけばよかったかなぁ。でもあれ高いんだよ……」


ブツブツ独り言を呟きながら、動物などから襲われない位置の高さでエノーは飛び続ける。

目指すは森の奥の清らかな泉に生える、水鈴蘭だ。

普通の鈴蘭は毒になる。だが、清らかな水の魔力を流した鈴蘭は、毒が抜けて薬の材料になるのだ。


「俺が水魔法使いなら水鈴蘭くらい簡単に作れるのになぁ」


ため息をつきながらエノーは飛んだ。森の奥へ、奥へ。



「どうしようかな……これ……」


エノーはその場でしゃがみ込み、ため息をついた。泉が、枯れかけている。というか、濁っている。こんなんじゃとても水鈴蘭は取れない。周りの鈴蘭はおそらく皆有毒だろう。


「というか泉に注ぎ込む小川が岩で詰まってる……俺地属性使えないのに……人力でどけろって……?」


エノーはすっかり落ち込んでいた。咳止めの原料になる水鈴蘭。

それが欲しかっただけなのに、なぜこんな体力勝負になりそうなことになってしまったのか。


「地属性とー…、あと水属性もいるな。」


エノーは脳をフル回転させて、手伝ってくれそうな気のいい奴2、3人を思い浮かべた。それとあとは……


「青ヨモギ、虎いちご、クラクラの実……あとは、…虎の子の、さいごの……水鈴蘭の粉……」


パチン、とエノーは両手で頬を叩く。


「やるしか無いね……この辺で水鈴蘭が取れるのは此処だけだ。」


一旦エノーは村へ帰った。気のいい奴らに声をかけると、「エノーが珍しい!」と皆喜んで依頼を受けてくれた。


「それに、泉の水が枯れてしまえば皆困るだろう!」


ムダに声の大きい地属性に、「あ、ハイ、そっすね……」と返し、エノーは家に戻った。

青ヨモギをすりつぶし、虎いちごの汁だけを風魔法で絞り出す。

乾いた虎いちごは、それはそれで必要なので取っておいた。

クラクラの実の取り扱いは厳重だ。

故に、少しでも香りを嗅がないように風で封じて、さらにすりつぶす。

仕上げに水鈴蘭の粉を入れて……


「……まあ、たぶん。これで明日は何とかなるでしょ」


エノーは、多少夜も更けた時間に寝具へと身を横たえた。



次の日も朝から眩しかった。

太陽に弱いエノーは、目をシパシパさせながら、約束の時間、約束の場所へ向かう。

……今日は、団体行動だ。飛んでいくなんて楽はできないだろう。

「エノー、遅いぞ!」水属性が手を挙げて、爽やかな挨拶をした。


(この村……なんでこんなに明るいやつばっかりなんだろう……)


そうして、エノーと水属性と地属性は歩き出した。

ヒーヒー言いながら荷物を背負うエノーに、地属性は荷物を持ってくれた。

……重力操作ができる地属性……ちょっと羨ましい。エノーは初めてそう思った。


「うわぁ……こりゃ酷いな」


泉は水位が下がり、アオミドロのようなものが水を覆っている。


「とりあえず、おれは岩をどけよう!」


地属性は、軽々と岩をどけ、堰き止められていた澄んだ水が少しずつ泉に流れ込んでくる。

水の水位が少し上がったのを確認し、エノーは2人を少し下がらせた。

泉の範囲に、均等に拡散の魔法をかけ、昨日作った薬を泉に混ぜる。


「最後はお前。」

「任された!」


水属性が分析、錬金ーー分解を発動する。薬が、混ざって魔力が広がるーー

泉は、元の美しさを取り戻した。


「やったな!エノー!」

「おれは岩をどけただけだが……役に立てたならよかった!」

「は、はは……サーセン……」


二人に胴上げされそうになって、エノーはそれだけは拒否しきった。


「それで?この水もう飲めるのか?」

「まだ…、だめだ。飲むなら三日後。」


水鈴蘭が取れるのは1週間後かな……

エノーはぼんやり自分の世界に入って清らかな水の魔力を計算した。



あれから2週間。今日も今日とてエノーは水鈴蘭を集めに来ていた。

最近、隣の老婆の咳が酷いのだ。エノーによく白菜を分けてくれる。

亡くすわけにはいかない。食卓が貧しくなってしまう。

ほどほどに選別し終わった水鈴蘭を鞄に詰めて、エノーは飛んだ。

今日も、薬師エノーは頑張っている。


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