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「あの娘、ちょっと様子がオカシイなぁ、バン(職務質問)掛けよか?」
アウトランダーの覆面パトカー、その助手席で近畿管区広域捜査局刑事部機動特捜隊、竜児実紅巡査部長は相棒に声を掛ける。
場所は大阪府松原市、広い駐車場をもつドラッグストアの正面。
そこにはパーカーにスエット、素足にピンク色のEVA素材のサンダルと言う姿の、シルエットから見て若い女性が一人、立っている。
周辺は『四連動大震災』による津波の被害は無かったものの、建物は揺れと火災で倒壊、焼失したエリアで、十五年が経過してようやく疎らにマンションや戸建て住宅が建ち始めている。
女性一人、急に薬か化粧品、日用品が必要に成り、ドラッグストアにやって来た。と言う筋立ては成り立つ。
だが、そんな事が出来たのはもう二十年以上昔の話だ。
震災、そしてその前の大陸での動乱で発生した難民の大量流入。日本、大阪は世界でも最悪級の治安状態。夜中の女一人歩きは自殺行為に等しい。
そして、今はまだ冬一月、それに午前一時と言う時間。身を切るような寒さの中ではかなり異様な出で立ちと言わざる負えない。
さらに不審を募らせるのが手にした巨大なサンローランのロゴが入った黒革のスクラッチバッグ。あまりにも不釣り合いだ。
さっきまで、中森明菜の『帰省〜Never Forget〜』を、見事なメゾソプラノで歌っていたリュドミラ・ジラトンスカヤ巡査長だったが、口を閉じ、実紅の視線を目で追うと。
「今からタタキ(強盗)に入るって雰囲気じゃ無いですけど、怪しいのは怪しいですね、所轄のショバ荒らしに成りますけど?」
「この辺、機捜(機動捜査隊)も機ら(機動警ら隊)あんまり通れへんでしょ、時間が勿体ない」
「了解」
そう応じつつ、リュドミラは見事な竜の刺青が入った腕を繰りハンドルを切り、アウトランダーを駐車場に滑り込ませた。
車の侵入に気付いたパーカーの女性は、ヘッドライトに目を細めながらこちらを振り向く。
歳の頃は十代半ばか?フードの中から覗く金髪は所々地毛の黒が目立ち、目元や口元には内出血と思しき痣が確認できる。
「警察やけど、ちょっとお話聞けるかな?」
ホルスターには手を掛けない、威圧感を与えないためだ。ただ、リュドミラはすでに拳銃を引き抜き窓越しに実紅を支援できるよう構えている。
実紅の言葉に女性は後ずさり明らかに逃げようとしている。さらに声を掛ける。
「顔、大丈夫なん?、痛そうやけど、それで薬局来たんかな?なんでそうなったん?暴力振るわれた?」
少女は首を横に振る、明らかに嘘だ。顔面制動してもそんなところは打撲しない。
「寒し、車の中で話し聞こか?相棒も女やから安心して」
「别管我!」
強い拒絶だが声は震え力がない。
「分隊長、埒が明かない」
リュドミラはアウトランダーを降りていてこっちに向かっていた。銃はホルスターにしまわれている。
彼女は少女から手を伸ばされない距離まで近づく。
「じゃぁ、今から職質な、名前と住所と生年月日、それから身分証明書を出せ」
との旨を指示する。答えがないと。
「拿出来!」
相手はまるで痙攣するように身をすくませる。
「リューダ!」
実紅はそう呼びかけ、半ばリュドミラを押しのけるように間に割って入る。そして。
「ねぇ、お願いやから、本当の事を話して、力になってあげられるかもしれへんから。あんたにもし何かやましい所が有っても」
そう、相手の目をしっかりと覗き込んでゆっくりと諭す。
少女の黒い瞳はかすかに震えていた。
しばらくして、少女は口を開く。
「逃げて来た、あいつらの所から」




