裁判前編
重々しい法廷の扉を押し開けた。
傍聴席は人がまばらにしかおらず世間に対する事件への関心は感じられない。この世界では比較的よくある事件である。
陪審員も特に関心は無いのか他愛もない雑談を交わしている。
入廷した裁判長が席につくと、ざわめいていた室内は一瞬で静まり返った。
「本日の裁判──三匹の住人に対するの狼による家屋損壊事件を始める」
厳めしい声が響いた。
原告席には、原告席には三匹の子豚──とはいえ、実際には成人したばかりの若者である。
長男は腕を組んでふんぞり返り、次男は兄に倣って得意げに鼻を鳴らす。
まるでイキった大学生。いや、手元の資料から長男以外はそうなのであるが……
一方三男はやや落ち着きを見せ、この中では最も「青年」という言葉が似合っていた。
彼らの背後には、壊れた家の残骸を描いた図面や、修繕費の見積書が並んでいる。その背後には厳つい格好をした同年代位のライオンの代理人の弁護士が控えている。
一方、被告席には包帯に覆われた被告がおり痛々しく、顔色も冴えない。居心地悪そうに背を丸めて座っている。隣に控えるペイジが軽く頷くと、狼は小さく喉を鳴らして応えた。
裁判長は書記官から書面を受け取り、淡々と読み上げる。
「本件は、被告が原告らの住居である藁の家および木の家を吹き飛ばし、著しい損害を与えた件について、原告らが損害賠償および加害行為の故意を訴えているものである」
裁判長は一度視線を上げ、両陣営を見渡した。
「それではまず、原告代理人より冒頭陳述を求める」
立ち上がったのは豚側の代理人弁護士――ライオンだった。
黒い法服を正し、ペイジの姿をらためて見て目を細めた後、グルッと言う咳払いと共に冷静な声音で語り出す。
「本件は、被告が酒に酔った状態で帰宅途中、原告ら三匹の兄弟に対して危害を加えた事件だ」
「藁の家に躓き、転倒したことをきっかけに、被告は長男から嘲笑を受けた。これに激昂した被告は、大声と強い呼吸をもって藁の家を吹き飛ばし、家から追い出された長男を追いかけ、長男は次男の家に避難そして被告は木の家を破壊。さらに次男をも追い詰めた」
長男次男が「そうだそうだ!」と口々に頷く。
裁判官が手で制すると、彼らはやや不満げに口をつぐんだ。ライオンは黙っていろと視線を送り、陳述を続ける。
「最終的に長男と次男は三男のレンガ造りの家に逃げ込んだ。原告らを追い詰めた被告は、屋根からの侵入を試みるも、煙突下に仕掛けられていた鍋により大火傷を負い、その場で取り押さえられた」
「原告らが主張するように、被告の行為は明らかに故意であり、軽率かつ危険なものだ。藁の家と木の家の損壊は甚大であり、その修繕・再建費用について賠償責任を負うべきは……言うまでもないな」
弁護士の言葉に合わせて、豚兄弟が揃って小さくうなずく。陪審員から同情の吐息が漏れた。
「よって、我々は被告に対し家屋の損害賠償として金貨百枚、加えて精神的慰謝料の支払いを求める」
ライオン弁護士は言い終わると狼を睨みつける。狼は更に背中を丸めた。
「……以上だ」
狩りを終えた獣のようにドスンと着席した。重苦しい沈黙が法廷を覆う。
──さぁ、こちらの番だ。
ペイジはゆっくりと立ち上がり、赤いスーツの裾を整える。先ほどまでの泥汚れがまだ残っているのは痛いが、それを気にしている暇はない。真っ直ぐに裁判長の視線を受け止め、声を張った。
「弁護人、ペイジです。本件につき、被告を弁護いたします」
依頼人の狼が心許なげに横目で見てくる。ペイジは短く頷き返し、法廷全体を見渡し口を開いた。
「先ほど原告側から説明がありましたが、まず一点申し上げたいことがございます。原告・長男の家は、自由に家を立てることができる『開拓地』に建てられたとはいえ、その一部が『道路』にはみ出していた可能性が高いのです」
「被告は帰宅途中にその家に躓き、転倒しました。つまり、そもそも家の位置が不適切であった可能性があるのです」
ざわ、と陪審員がわずかに反応する。ペイジは間を置き、さらに続けた。
「加えて、転倒した被告に対し、長男はあざ笑い、挑発を行いました」
「これは被告の名誉を著しく傷つけるものであり、その後の感情的な反応には一部、情状酌量の余地があると考えます」
長男が立ち上がりかけ「笑っただけだ!」と叫ぶが、裁判長に制されて座り直す。ライオンも勝手に喋るなと睨む。
そんな光景をペイジは流し、さらに畳みかける。
「そして最後に──三男の家での出来事です。被告が屋根から侵入しようとした際、鍋を仕掛けて待ち受けていた三男は、被告に深刻な大火傷を負わせました」
「果たしてこれは正当防衛の範囲に収まるものでしょうか? 私は過剰防衛の疑いもあると考えます」
陪審員が包帯で覆われた狼を見て「確かに……」という反応が広がる。
――どうだ?
と挑発するようにライオンに視線を送る だが、ライオンはその程度かと言わんばかりに軽く鼻で笑いが立ち上がった。
「異議あり!」
低く唸るような声に、場が再び凍りつく。ライオンは鋭い眼差しをペイジに向け、冷笑を浮かべながら言った。
「開拓地に建てた家が多少はみ出していた? なるほど証拠はあるのかね?警察の調査によると吹き飛ばされ、残骸しか残っていないと聞いている。正確な位置を把握できていないのではないか? 可能性を述べるだけではただの推測にすぎんぞ?」
ペイジが口を開こうとするが、ライオンは被せるように続ける。
「それに、長男の嘲笑が名誉毀損だ?法廷は幼稚な口喧嘩を裁く場所ではない。被告が躓いて逆上して家を吹き飛ばしたことと、笑われたこととはまるで釣り合わないな!」
陪審員が苦笑混じりにうなずくのが見え、空気がペイジから離れていく。さらにライオンは声を強めた。
「過剰防衛?三男の家は最後の砦だったのだ! 兄二人は共に命からがら石の家に逃げ込み、迫る被告に怯えながら必死に備えた防衛策だ!それを過剰などと? 笑止千万!この三人に怒り狂った狼を迎え入れて死ねとでも言いたいのか?」
ライオンが手を広げて陪審員を見回すと、数人が「確かに」と頷いた。ペイジの論は1つ1つ丁寧に打ち砕かれ、法廷の空気は完全に豚側へと傾いていく。
狼は震えながら自らの膝を見ている。
──大丈夫だ。
と目で返しながら一息つく。
――やはり、この程度の推測や確かな証拠がない物だけでは通じない。
ペイジは視線を落とし、机に置かれた調査メモと資料に改めて目を通す。そこには彼が泥だらけになりながらも現地で掴んだ「確かな証拠」が並んでいる。
──まだ終わりじゃない。逆転の切り札は、ここからだ。




