裁判の直前
結局移動時間の大半は引きずられ、赤いスーツは泥だらけで不格好になってしまった。ただ速さは馬、なんとか時間には間に合った。
裁判所前の広場まで馬を引きずる。証拠が入っているのでそうせざる終えない。
暴れまわるカバンという奇妙な生物に興味を示した人達が集まってきた。
「す、すみません。大道芸とかそういうのじゃないんで!!」
暴れるカバンを押さえつけどうすれば魔法が解けるのか聞いてなかった事に今更気づく。
色々と試行錯誤しているうちに人だかりができてしまった。
――あ!コインとか投げないでください。本当に大道芸とかじゃなく真剣に困っているんで!
「こらこら!」
「ほら行った行った」
「どいて!どいて!!」
騒ぎを聞きつけたのか裁判所の警備員が人をかき分けながらやってくる。
──どうする?!どう切り抜ける!?
「ち、違うんです!私は弁護士で、これから大事な裁判があって……!」
焦りながら頭の中の法の書物を探していると
ボンッ!
音と煙を立てて馬がカバンに戻った。その戻る勢いでペイジは地面にひっくり返る。
あっけにとられた顔をしていると観客も「これで終わりか」みたいな顔をして立ち去っていった。残ったのはひっくり返った泥だらけの自分と3人の警備員だけだった。
「こらこら」
「ここで大道芸やるという許可もらっている?」
「もう終わったの?」
「す、すみません。次回は取るようにします」
いろいろと考えたが、面倒なことになると思い。勘違いを利用して平謝りしてやり過ごすことにした。
「こらこら。次は許可とるように」
「ほら行った行った」
「次やるときは教えてね」
呆れたように警備員3人は元の持ち場に戻っていく。
――確認は大事だな。次からは必ず聞いておこう。
そう心に刻みながら、泥でよれた赤いスーツの裾を直す。
懐中時計を取り出すと、まだ間に合うとわかり安堵したが、同時に依頼人と法廷に立つ今の自分の姿を想像して、思わず小さく呟いた。
「……この格好じゃ、信頼を失わないといいんだけど」
証拠の詰まったかばんを抱え、裁判所の大扉へと足を踏み入れた。
裁判所の大扉を押し開けると、磨き上げられた大理石の床に靴音が高らかに響く。
他の弁護士や関係者が受付に向かって進んでいくたびに、廊下を行き交う役人や傍聴人の視線が一斉にペイジへと注がれた。
――無理もない。この泥まみれの格好では目立たぬ方がどうかしている。
しかし立ち止まっている暇はない。ペイジは背筋を伸ばし、ネクタイを締め直し、できる限り気品を装って歩みを進めた。
ペイジの順番が来たとき、受付の書記官が怪訝そうに眉をひそめた。
「……弁護士、ペイジです。本日ある狼の弁護人として出廷いたします」
「なるほど。……ええと、ええ、確かに登録がありますね。法廷はすでに準備が整っております。急いでください。依頼人の方は先に来ており控室で待っています」
怪訝そうな顔をしたまま確認を取る書記官に頭を下げ、かばんの取っ手を握り直す。まずは控室にいる依頼人に会うことにした。
重たい音と共に扉を開くとうつむいていた顔がこちらを向き、驚いたように目を見開いた。
「先生!来てくれないのかと……」
「ちょっとしたトラブルがありましたが、大丈夫です。お任せください」
自信を持って答えると、依頼人の顔にわずかな安堵が浮かんだ。ペイジは持参した資料を広げ、改めて事件のあらましを確認する。
事件は、三匹の子豚が建てた家――藁の家と木の家が吹き飛ばされたことに端を発する。
原告は「狼が意図的に家を破壊し、生命の危険を与えた」として損害賠償と刑罰を求めている。
一方、被告である狼側は
「家屋は道路のところにはみ出ていた」
「移動の邪魔だったので移動させようとした」
「そしたら吹き飛んだ」
「あれは呼吸の一環であり、故意ではない」と主張している。
今回の争点は「狼に故意があったか」「吹き飛ばされた家屋の価値をどう評価するか」に絞られ、裁判の主眼は損害賠償金額の算定にある。
「以上が今回の事件のあらましとなります。そこに相違はありませんね?」
「はい、間違いありません。あの……本当に夫は……」
「ええ、完全無罪……はどうかわかりませんが、賠償金は大幅に減らせるでしょう。それは間違いありません」
依頼人は胸に手を当て少し震えていた。ペイジは小さく微笑み、力強く頷いた。
「任せください」
懐中時計をちらりと見て、話を切り上げる。
「――そろそろ時間です。行きましょう」




