第3章 10
美玲ちゃんに声をかけたのは、長身でぼさぼさ頭の、無精髭を生やした男だった。美玲ちゃんの横に立って、黒い男を悠然と見下ろしている。
「こうなっては、もうどうしようもない……。さあ、あぶないから下がってなさい」
無精髭の男はそう言うと、美玲ちゃんの肩を抱いて、そっとうしろに下がらせた。
糸が切れた人形のように、美玲ちゃんがその場に崩れ落ちる。
その姿を見届けてから、無精髭の男は黒い男に向かって歩き出した。
焼け焦げた服や皮膚をぼろぼろと落としながら、黒い男もゆっくりと立ち上がる。
当たり散らすがごとく、焼け焦げた顔を向けて獣のような咆哮をあげる黒い男。
例えようもない激しい怒りの感情が、喚き声とともにぼくらの頭の中に流れ込んできた。
しかし無精髭の男はまるで動じることもなく、大きく口を開けて威嚇する男の顔に、自分の左手をかざした。
………………!!
その瞬間、黒い男の全身は、真っ青な炎に包まれたんだ。
とつぜんの出来事に、唖然として見つめるぼくたち。
そのぼくたちの頭の中に、今度は苦しそうにもだえる男の断末魔が流れ込んできた。
「……やめてっ!!」
たまらず美玲ちゃんが叫び声をあげた。
「苦しそうだよ! 助けてあげて!」
しかし青い炎のまえに立つ、無精髭の男のシルエットは微動だにしなかった。
炎に包まれ焼け崩れていく男の姿を、じっと見つめている。
やがて黒い男は、まるでアスファルトに映る影のように地面に黒い滲みだけを残して、跡形もなく消えてしまった。
ふたたび街灯が、いっせいに灯りをともす。
そのあとは、もう何事もなかったように、数台の車が行き交う交差点にもどった。
「あんなやり方、残酷すぎる! どうしてあんなことするの?」
無精髭の男の背中に、美玲ちゃんが怒鳴る。
すると背中を向けたまま、無精髭の男が静かにこたえた。
「きみの信条は知っている。霊と話をして成仏させることだ。
だが、言葉が通じなければ諭しようもない。救うにしても、彼は人を殺めすぎた」
美玲ちゃんは無精髭の男を強引にふり向かせて、詰め寄った。
「だからっておかしいよ! あの人だって、きっとつらい死に方をして、ああなってしまったのに!」
「ああ、そうだ。おかしすぎる。この世界はバグが多すぎるよ」
「バグ?」 美玲ちゃんが眉をしかめた。
「きみたちが大好きなコンピューター用語でいうところの不具合だ。幽霊なんて存在が生じてしまうのも、この世界が不安定で、不完全な世界だからだ。ぼくはこの世界をどうにかして、完璧なものにつくり直したいと思っているんだよ。
美玲さん、どうかぼくに、力を貸してくれないか?」
ぼくには無精髭の男が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
美玲ちゃんも、まるで話が通じない相手だと感じているらしい。
「わたしは萌を助けたら、もう何も関わりたくない。これ以上、大切な人が巻き込まれるのは見たくないの」
「……きみの親友の萌さんの魂は、もうここにはいないよ」




