第3章 07
チャーシューの泣きじゃくる声で、ぼくは目を覚ました。
「ワイや、ワイのせいなんや! ワイが、七海はんにお札なんか渡しよったから!」
「薫くんは悪くないよ、自分の部屋に幽霊が出ると泣きつかれたら、誰だって助けてやりたくなるもの……」
優斗くんの声も聞こえる。
ぼくは体を起こした。いつのまにか、美玲ちゃんの部屋のベッドの上に寝ていた。
カーテンが揺れている。
窓から差し込んだ夕日が、部屋のなかを朱色と黒のコントラストに染めている。
ゆっくりと立ち上がった美玲ちゃんが、ぼくのところにやってきて、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。ついさっきまで泣いていたのか、赤く目を腫らしていた。
「美玲ちゃん、ごめん……」
美玲ちゃんは何も言わずに、首を横にふった。
チャーシューと優斗くんの会話で、萌ちゃんが一命を取りとめたのはわかった。
だけど、いまも集中治療室にいて、意識がまだ戻っていないらしい。
萌ちゃんが交通事故にあったことは、今日の朝礼でみんなに知らされたそうだ。
車に向かって歩いていく萌ちゃんの不審な行動と、事故があった交差点が、有名な心霊スポットだったことで、街にはマスコミが殺到しているらしい。
「わたしのせいなんだ。わたしが萌の気持ちも考えずに、やりすぎたから……」
ぽつりと言った美玲ちゃんの言葉に、チャーシューがぶるぶると首をふった。
「それは違う! 黒崎はんのおかげで助かったもんが、げんにおるやんか!」
優斗くんも、同調するようにうなづく。
「黒崎さんは悪くない。ぼくも姉さんも感謝してるんだ。今回の件は、きっと、ぼくにも責任が……」
「チャーシュー、新しいお札を用意して」
優斗くんの言葉をさえぎるようにして、美玲ちゃんが立ち上がった。
チャーシューが顔を上げる。
メガネのレンズにたまった涙が、ぽろぽろと膝に落ちた。
「あかん! もう誰の犠牲も出したない! 放課後怪奇クラブも……解散や!」
「ふざけないでよっ!」
涙で声をつまらせるチャーシューに向かって、とつぜん美玲ちゃんが怒鳴った。
「いつまでも、関係ない第三者でいられると思ってたの? 怖くてつらい思いをしている人は、いつも動画のなかや他人だけだと思ってた?
調子に乗って、別の世界に首を突っ込んだわたしたちはね、もう逃げるわけにはいかないのよっ!」
カーテンが静かに揺れる。
チャーシューは、もう泣くことさえできなかった。
「わたしには、なんとなくわかるの。萌はまだ、あの交差点にいる。でも、いつまでいるかわからない。早くしないと、萌の意識は戻らなくなる……。
お札をくれるだけいいの。今夜、人気がなくなる夜中の三時ごろまでに、なんとか用意して。わたしはあの交差点にいるから」
チャーシューが、神妙な顔でうなづく。
ふたりのやりとりを見ていた優斗くんが、覚悟を決めたように立ち上がった。
「ぼくも行くよ。ぼくだって、黒崎さんを巻き込んでしまった、ひとりなんだから」
しかし、美玲ちゃんは目も合わさずに言い放った。
「優斗くんは来ないで。足手まといになるから」
ぼくは驚いてしまった。
美玲ちゃんが、あんなに大好きな優斗くんに、こんな冷たい態度を取るなんて。




