第1章 02
いつものようにフリルやレースがたくさんついた、パステルカラーの服装に身を包んだ萌ちゃんだったけど、いつもと違うのは頭の先からつま先まで、ずぶ濡れになっていたこと。
ママさんに心配されながらも、しょんぼりとうつむいて、ずっと黙っていた萌ちゃんだったが、美玲ちゃんと部屋でふたりきりになって安心したのか、堰を切ったようにわんわんと泣き出した。
とうぜん萌ちゃんは、ぼくが部屋にいることなんて知らないからね。
美玲ちゃんは、片方の手で萌ちゃんの背中をやさしくなでながらも、もう片方の手で、ぼくを追い払うように、(部屋から出て行け!)と、ジェスチャーを送った。
だけど、ぼくだって、萌ちゃんの涙の理由が知りたい。
首を横にふってタンスの上から動かずにいたら、美玲ちゃんは、鬼の形相で拳をふり上げるポーズをした。
ぼくはとっても恐ろしくなって、一目散に部屋から退散したよ。
「すごい迫力。きっと地獄の閻魔さまだって、美玲ちゃんに睨まれたら逃げ出すよ……。閻魔さまになんか、会ったことないけど」
一階に下りると、キッチンのテーブルでママさんが雑誌を読んでいた。
テーブルに飛び乗り、のぞき込んでみる。
夏物の服がたくさん載っている雑誌は、誌面のあちこちで、ママさんぐらいの歳の女性が、いろんなポーズでにこやかに笑っていた。
あいかわらず、ママさんはぼくのことなんか見えてないという態度で雑誌を読み続けるので、ぼくはちょっとからかってみたくなったんだ。
雑誌の上で、ごろんと寝転ぶ。ママさんは何でもないといった様子でページをめくり続けた。ぼくの体を、次々とページがすり抜けていく。
無視されて面白くないぼくは、にゃあにゃあと鳴きわめいてやった。
なんだか、そのうち楽しくなってきて、歌でも歌うように鳴き続けていたら、とつぜんママさんが、ドンッ! と大きな音を立ててテーブルを叩いたんだ。
我に返ったぼくは、恐る恐るママさんの顔を見上げた。
その直後、ぼくは腰を抜かして、ぶるぶると震える後ろ足を引きずりながら、テーブルから飛び降りたよ。
金輪際、ママさんをからかうことはやめようと心に誓ったね。
だってほら、ぼくを睨みつけるママさんの顔を思い出しただけで、ちょっぴりだけど、おしっこ漏らしちゃってるからね。
「ママさんの怒った顔は、まるで夜叉だ……。夜叉なんかに会ったことないけど」
キッチンから逃げ出すと、ちょうど萌ちゃんが玄関で見送られているところだった。
ぼくも一緒に玄関で見送ってから、(何があったの?)という顔で美玲ちゃんを見上げる。
美玲ちゃんは、ふうっとため息をつくと、(ついてきなさい)とぼくに目で合図して、階段を上がって行った。




