第2章 09
草木も眠る丑三つ時。
お化けが出るぐらい夜おそい時間を、昔の人はそんな言い方で表現したけれど、現代的にその時間を例えるのなら、『午前様、ようやく帰宅の二時三時』って感じかな。
午前様って言い方も古いか……。意味は大人に聞いてみてね。
というわけで、そんな午前様たちがうろついている週末の夜中の街に、美玲ちゃんをひとり外出させるわけにもいかず、一緒にぼくも出かけることにした。
美玲ちゃんは柄にもなく緊張しているのか、夜中の外出に備えて早めにベッドに入ったにもかかわらず、一睡も出来なかったらしい。眠そうな目をこすりながら、静かに出かける支度をした。
ママさんに気付かれないよう忍び足で階段をおりて、音がしないよう玄関のドアをゆっくりと開けて外に出る。
「ふう……」と、一息ついてから、美玲ちゃんは頭上のぼくに話しかけた。
「なんかとっても罪悪感。こうやってママに内緒で夜遊びする、悪い娘になっちゃうのかしら……」
「優斗くんのためでしょ? 仕方ないよ」
美玲ちゃんは、「まあね」と、うなづきながら、静まり返った夜の住宅街を走った。
人目につかないよう、いつもの通学路をさけて、待ち合わせ場所の美砂小学校へ向かう。
でも途中にある、ぼくと出会った逢生橋だけは通らなくてはならない。
行き交う車のライトの合間を縫って、ぼくらは橋を渡った。
「刑務所から脱出してる、脱獄犯みたい!」
頭の上ではしゃいだことにいら立ったのか、美玲ちゃんが、ぼくに向かって拳をふり上げた。
もちろん、ぼくの姿は他の人には見えないので、もし誰かが見ているとしたら、美玲ちゃんは、とつぜん自分の頭を叩くという間抜けな構図になっている。
「なにしとんねん」
とつぜん背後から声をかけられて、美玲ちゃんはびくっと肩をすぼめてふり返った。
「……なんだチャーシューか。脅かさないでよ」
「なんやねん、チャーシューって……。急がんと蜂谷が校門の前で待ちくたびれとるで」
心配になって迎えに来てくれたチャーシューと、足早に学校へ向かう。
ちなみに萌ちゃんは、急におなかを壊したとかで、参加をドタキャンしたらしい。
どうせ仮病だろうけど、萌ちゃんらしい、予想通りの展開だ。
道中、美玲ちゃんは謝りながらも、『チャーシュー』と呼んでいる意味を本人に説明した。
「悪口じゃないのよ。なんというか雰囲気? こってりしているというか、まったりしているというか……」
どう考えても悪口だと思うけど、意外にもチャーシューは怒らなかった。
「だははははっ!」と、豪快な声で笑うと、隠密行動をしていることを思い出したのか、はっとしたように声をひそめて、美玲ちゃんに言った。
「おもろいやん。チャーシューってあだ名、気に入ったわ!」




