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化け猫ミッケと黒い天使 〜エピソード0〜  作者: ひろみ透夏
第1章 萌の部屋にいたものは

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第1章 12

 

「おれは……、おれには、(もえ)だけが誇れる宝物なんだ! (もえ)はおれの存在価値そのものなんだ! おれが大人の男として、唯一認められる(あかし)が、たった一人の娘、(もえ)なんだ!」


 しかし、美玲(みれい)ちゃんはまったく()()づくことなく、(もえ)ちゃんの父親の目をまっすぐに見つめ返して言った。


「そんな自分勝手な価値観、(もえ)に押し付けないで。

 誇りっていうのは、自分一人で作り上げていくものでしょ?

 いつかそれを(もえ)や、(もえ)のお母さんに見せつけて、父親としての立ち場を取り戻してください。

 ……(もえ)のためにも!」


 美玲(みれい)ちゃんの言葉に顔をゆがめ、その場に泣き崩れる(もえ)ちゃんの父親。

 その肩に、美玲(みれい)ちゃんは、そっとやさしく手を置いた。


「あなたならできます。だってもう、その一歩踏み出しているんだから……。

 あなた自身が、(もえ)の誇れる宝物になれるよう、努力してください」


 そのとき、金色に輝く夕日がドアから差し込んだ。

 薄暗かった部屋に、まぶしいほどの光が()りそそぐ。


 ぼくはまぶしさに目を細めながらだけど、そのときのふたりの姿は、目に焼き付いて忘れられない。


 逆光を背にしながら、(もえ)ちゃんの父親に手を差しのべる美玲(みれい)ちゃん。



 その姿はまるで、天使みたいだったんだ。





(もえ)ちゃんのパパさんが、あのお化けの正体だったんだね。薄い気配って言ってたのは、本物のお化けじゃなかったからなの?」


 (もえ)ちゃんの父親のアパートからの帰り道。

 すでに藍色に染まった空には、一番星が輝いていた。


「そう。()(りょう)といって、本人も気が付かないうちに、強い感情が相手のもとに現れてしまう現象なの。

 (もえ)のお父さんの場合、(もえ)のお母さんには苦手で会いたくない。でも(もえ)には会いたくて仕方がない。心配で見守っていたいし、でも本当は、自分が一人前の大人としての証である一人娘の(もえ)を、誰にも奪われたくない……。

 そんな自分勝手でゆがんだ感情が生み出した、お化けモドキね」


「お、お化けモドキであんなに強いなら、本物のお化けって、たいそう強いんだろうね……」


 美玲(みれい)ちゃんの頭の上でぶるっと震えながら、ぼくはたずねた。

 もちろん武者震い。怖くて震えたわけじゃないよ!


「そりゃあ、死んでもなお、強い思いが残っているから、お化けになるわけだからね。怒りだったり、悲しみだったり、悔しいって感情がけっこう多いかな……。

 不思議なのはあんたよ。まるで強い感情が感じられないのよね。ま、そこがかわいいんだけど」


 かわいいなんて、さらっと言われて、ぼくは言葉を失ってしまった。

 顔じゅう毛だらけの猫でよかったよ。


 人間だったら、ゆでダコのように真っ赤に染まった顔がバレちゃうからね。





 数日後、(もえ)ちゃんのお母さんが出版している雑誌に、センター見開きで大きく天使のイラストが掲載された。それは真っ黒な天使のシルエットだけど、体中から金色の光を発しながら人間に手を差しのべている、とても不思議で美しいイラストだった。


「この天使ステキね。なんとなく心に影を宿した悲しそうな天使だけど、なぜかとっても温かみを感じるわ」


 ベッドに寝転びながら雑誌のイラストを眺めている美玲(みれい)ちゃん。

 その天使のモデルが、自分のことだと知ってか知らずか、そんなことをつぶやいて、そのままうたた寝してしまった。


 ぼくは、ベッドの上に開かれた雑誌のイラストをのぞきこんで思う。

 この天使のかたわらにいる小さな影は、もしかしてぼくだろうか?



 猫の形ではなく、人の形をしている、この影は……。 




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