第1章 10
萌ちゃん家のお化けと戦った、次の日の放課後。
ぼくは美玲ちゃんと一緒に電車に乗って、内陸側のとなり街、古譚町に向かっていた。
相変わらず、美玲ちゃんの着る服は黒がメインのワンピース。
昨晩、この服装が、世間では『ゴスロリ』と呼ばれていることを、美玲ちゃんの部屋に転がっている少女向けファッション雑誌で学んだ。だけど、雑誌で見たようなゴテゴテした印象と違って、美玲ちゃんの格好は、もうちょっとシンプルなシルエット。
「萌ちゃんが着ているような、明るくてふわふわした『甘ロリ』も、似合うと思うんだけどな……」
ぼくのひとり言に、美玲ちゃんは何もこたえなかった。
今日の美玲ちゃんは、朝からずっと張りつめている。
ぼくだって、かくしてはいるけど緊張している。なんたって、昨日、萌ちゃんの部屋で戦ったお化けと、再び対決しようってんだから……。
古譚町の駅からのびる商店街は、夕飯の買い物をする人たちでにぎわい始めていた。
わき道に入り、細い裏路地を歩く。すると、あるアパートの前で美玲ちゃんの足が止まった。
かなり古めかしい、くたびれたワンルームのアパート。
サビだらけで所々に穴まで空いた、鉄製の外階段を上がる。
美玲ちゃんは、二階の一番奥にあるドアの前に立ち、すうっとひと呼吸してから呼びかけた。
「ごめんください」
ぼくも美玲ちゃんの頭の上から飛び降りて、いまにも外れてしまいそうな壊れかけのドアを見上げた。
「誰もいないんじゃない? だいたい、人が住めそうにないよ、このボロアパート」
ちょっぴり留守を願っている、ぼくの問いかけにもこたえず、美玲ちゃんはドアをノックし、なおも呼びかける。
「ごめんください。わたし、萌ちゃんの友だちです」
すると、ようやく中からごそごそと音が聞こえてきた。
お化けとの対決を覚悟して、ぼくは壊れかけのドアを見つめる。
きしんだ音を響かせつつドアから顔をのぞかせたのは、しかし、お化けではなく人間の男だった。
髪は寝ぐせで乱れ、脂ぎった顔の目には眼帯をしている。
もう片方の目は、ぎょろぎょろと落ち着きなく辺りを見回していた。
「ごめん、借金取りかと思ったんだ……。きみが、萌の友だちだって?」
不気味な雰囲気の中年男性に、ぼくは一瞬ひるんでしまったけど、美玲ちゃんは動じることなく、まっすぐに男を見つめて言った。
「はい。萌ちゃんのことでお話があります」
男はドアを大きく開いて、部屋の中に入るよううながしたが、美玲ちゃんはきっぱりと断った。
「ここで結構です。知らない人の部屋には、入らないように言われてますから」
「知らない人って、おれは萌の……」そこまで言って、男は言葉を切った。
「まあ、いいか。きみもそこでいいんだね」
一瞬、男がぼくのことを見たような気がしたけど、きっと気のせいだよね。
男はひとり薄暗い部屋の中にもどり、座卓の前に腰を下ろしてタバコを手に取った。
「タバコは遠慮してください」
美玲ちゃんに言われて、男が苦笑しながらタバコを座卓の上に放り投げる。
「きみは子どものくせに、はっきりとものを言うんだな」
部屋に染み付いてるタバコの煙の匂いで、ようやくぼくは気が付いた。
この匂いは、萌ちゃん家でお化けが現れたときに嗅いだ匂いだ。
ってことは、こいつがお化けの正体? 生きているように見えるけど……?




