第1章 09
萌ちゃんのマンションから出たとき、黒々した雨雲はすっかり姿を消していた。
ぼくは黄金色の夕日に染められた空を見上げながら、お気に入りになった美玲ちゃんの頭の上で、充実感に浸っていた。
「いやあ、ひと仕事終えたあとっていうのは、とっても気持ちがいいもんだね!」
対照的に美玲ちゃんは、畳んだビニール傘をぶんぶんとふり回しながら、不満げに愚痴をこぼした。
「な~にが、ひと仕事終えたあとよ。あんた、結局なにもしていないじゃない」
「冷めてるなぁ、美玲ちゃん。そりゃあ、ぼくは半分くらい気絶……じゃない、自己紹介のタイミングを計りかねて、思うように出て行けなかったけど……」
まぶしく輝く夕日に目を細めながら、潤んだ瞳でぼくは続ける。
「ぼく、とっても感動しているんだ!」
「……感動? なぁにが?」
美玲ちゃんが片方の眉をつり上げ、頭の上のぼくをいぶかしげに見上げた。
「気付かない? はじめて会ったお化けが、あんなやつだったのは残念だけど、仲が良かった頃の家族の写真が、萌ちゃん家に巣食う悪いお化けを撃退したんだよ!
とってもすばらしい、最高のエンディングじゃあないかっ!」
感動にうち震えるぼくとは対照的に、美玲ちゃんは肩をすくめて、大きなため息をついた。
「おめでたい化け猫ね。そんなお涙ちょうだい丸出しの、安っぽくて、しょっぼい子どもだましのストーリー、感動できるのはおこちゃまの、あんただけよ」
そのあまりに冷めた態度に、ぼくはすっかりあきれてしまった。
頭の上から歩道に飛び降り、キッと、美玲ちゃんを睨みつける。
「美玲ちゃん、口悪い! 自分だって、まだ小学六年生のおこちゃまのくせに、感じ悪い! 態度悪い! 性格悪い! 胸くそ悪いぃぃぃっ~」
「いい、ミッケ。よく聞きなさい」
悪態をつくぼくの鼻先に傘の柄を突きつけながら、美玲ちゃんが続けた。
「まだエンディングじゃないのよ。あいつはまた、萌のところにやってくるんだから」
「えっ! さっき萌ちゃんには、徹底的に退治したって言ってたよね?」
「怖がりの萌には、ああでも言って安心させないと……。とにかく、あいつがまた現れるまえに、あいつの本体をどうにかしないとね」
「あのド変態ストーカーお化けの、本体……?」
呆然とするぼくのひとり言に、ゆっくりとうなづく美玲ちゃん。
「もう目星は付いているんだから、明日、学校の帰りにでも行くわよ。
あんたもついてきなさい、ミッケ」




