第1話 「血に咲く運命」
深い霧がカルパティア山脈を覆う夜、古城の尖塔に月光が触れるたび、薔薇の棘に光が反射した。赤く濡れた花びらが、まるで血を吸ったかのように光る――その光景を、セラフィナ・ド・カルパティは息を潜めて見つめていた。
「ここが……血の伯爵夫人の城……」
遠縁にあたるエリザベータ伯爵夫人の噂は、彼女の耳にも届いていた。永遠の美を求め、少女の血で薔薇を育てる狂気の貴婦人。家族をすべて失ったセラフィナにとって、この城は憎悪の象徴であり、復讐の舞台でもあった。
だが、足元の冷たい石畳に触れた瞬間、彼女の心を一瞬で凍らせる衝撃があった。黒い闇の中から、低く響く声が漂ってきたのだ。
「……まだ生きていたか」
その声と共に現れたのは、漆黒の翼を持つ悪魔だった。アスモデウス――その名を聞いただけで、セラフィナの血は戦慄に震えた。
「お前の望みは?」
「……復讐。不死を……」
契約は、簡単に成立した。だが、悪魔の瞳には奇妙な哀しみが宿っていた。
翌朝、城の庭でセラフィナは赤く咲き誇る薔薇を見つめた。その美しさは、誰が見ても息を呑むほどだった。しかし、その薔薇には恐ろしい秘密があった。花びらには、少女たちの血が注がれている――彼女のように命を奪われた者たちの……。
「美しい……けれど、残酷……」
初めて、セラフィナは自らの運命を、血の薔薇の庭の中で自覚した。復讐のための不死。しかし、それは愛する者さえ破滅に導く呪いの始まりだった。
その夜、城の広間で、彼女は一人の青年騎士と出会う。ヴァレリアン――誠実で、強く、そして優しい瞳を持つ男。だが、セラフィナの不死の血は、無意識に周囲の運命を狂わせる。
「あなたに会えて……」
「……セラフィナ、無事でよかった」
二人の手が触れた瞬間、遠くから薔薇の棘が光った。まるで、何かが見ているかのように――。
薔薇は血に咲き、そして彼女の呪いは、静かに動き出した――。