九十九(5)
「おい」
階段の上から声が聞こえた。目の前にいる少女の声とは違い、男の低い声だった。
聞き覚えのある声に桂川は顔を上げると、そこにはメガネを掛けた二階堂の姿があった。
「何のマネだ、探偵」
「待ってくれ、桂川。彼女を攻撃してはダメだ」
二階堂はそう言いながら、階段を下りてきた。その隣にはヒナコの姿もあり、ヒナコを見た途端、火威は戦闘モードを解除して尻尾を横にブンブンと振っていた。
「どういうことなんだ。お前もグルなのか」
怪訝な顔をしながら、桂川は言う。
「彼女はここを守る土地神様の眷属だよ。俺も無理に突破しようとして止められたんだ」
「全然話が見えてこないぞ、二階堂」
睨みつけるような目で桂川は二階堂のことを見る。
「おい、桂川。お前も鬼門晴明からの依頼を請け負って、この場所に来たんだろ」
「そうだよ。というか、なんで知っているんだ」
「俺も同じだからだよ。あいつらは自分たちでは手に負えなくなったから、今回の件をあちこちにまわしているんだ」
「どういうことだ」
「依頼内容っていうのは、この上、屋上にある貯水タンクの怪異だろ。最初、この依頼を請け負った鬼門晴明は自分のところの祓師を派遣して、貯水タンクに住み着いていた怨霊を祓おうとしたんだ。しかし、それは失敗に終わった。鬼門晴明が見積もっていた以上に怨霊の力が強かったんだ。さらに運が悪いことに、その鬼門晴明の祓師は異界の門を開けてしまった」
「なんだと……」
事態は桂川が想像していたよりも酷いものだった。
「その結果、鬼門晴明の連中も自分たちの手には負えなくなってしまった。だから、あちこちの祓い屋に依頼を出して、この事態を収拾しようと必死なんだよ。お陰で、何人もの祓い屋が犠牲になった。あまりにも酷い事態に土地神様も黙っていられず、眷属である彼女を派遣したってわけだ」
「……そうか。二階堂、お前はどうするつもりなんだ。このまま尻尾を巻いて逃げ帰るのか?」
「おい、桂川。俺を挑発しているのか」
「どうだろうな。おれにはお前がやりたがっているようにみえるぞ」
「それを挑発っていうんだ」
二階堂はそう言って笑ってみせた。
そんな会話をしていると建物が揺れ始めた。地震かと思えるほどの揺れに桂川は慌てて近くにあった階段の手すりに手を伸ばす。
揺れが収まると同時に何かうめき声のようなものが聞こえてきた。そのうめき声は上の階から聞こえてくる。
「まずいな。力が強まっている」
「どういうことなんだよ、二階堂」
「わたしが説明してやろう」
そう口を挟んできたのは、土地神の眷属だというセーラー服姿の少女だった。見た目はただの少女であるが、ただならぬ雰囲気を身にまとっているのがわかる。
「先に現れた連中は、自ら異界の門を開き、上の階にいる魔物を異界へと送り返そうとした。だが、それに失敗したのだ」
「おいおい、それって洒落にならないやつじゃないか」
「犠牲となった人間は全部で十六人だ」
その数字を聞いて、桂川は顔を曇らせた。多すぎる。十六人もの祓師が失敗をしているような案件に自分が対処できるのだろうか。そんな不安が桂川の脳裏をよぎった。
「どうするんだ、桂川」
「どうするって、何がだよ」
「俺とお前で力を合わせれば、異界の門も閉じられなくはないんじゃないかと俺は思っている」
「本気か、二階堂」
立場が逆転していた。先ほどまでは桂川が二階堂を挑発していたはずなのに、今度は二階堂が桂川を挑発している。
「誰かが閉じなきゃ、終わらないんだ。だったら、俺たちでやらないか」
「……仕方ない。やるか」
桂川はそう言うと階段の上を見つめた。
二階堂と桂川が階段を上ろうとすると、土地神の眷属であるセーラー服姿の少女が再び口を開いた。
「お前の呪いは使えぬぞ」
「え?」
思わず二階堂は足を止めた。
そう言われて初めて二階堂は気がついた。ヒナコは階段を上ろうとはせず、踊り場で階段を上ろうとしている二階堂のことを見つめている。
「どういうことなんだ」
「この先の異界には呪いは連れていけぬ。眷属であるわたしでも入れないのだ。入れるのは人間とその陰陽師の使う式神だけよ」
「マジか……」
「おい大丈夫なのか、二階堂」
心配そうな顔をして桂川が言う。
「仕方がない。ヒナコ、ちょっと待っていてくれ」
「本当に大丈夫なのか、二階堂。ヒナコちゃんの力を借りずに……」
「見くびるなよ、桂川。俺だってやる時はやるんだよ」
そう言って二階堂はメガネを外すと、メガネをヒナコに手渡した。
「俺が帰って来るまで預かっておいてくれ、ヒナコ」
「うん、気をつけてね、先生」
ヒナコはメガネを受け取ると、笑顔で二階堂たちのことを見送った。




