四つ辻にて待つ(4)
喫茶店で話を聞き、食事を済ませた二階堂たちは、杉崎サクラが事故にあったという交差点へと向かった。そこは車通りの多い幹線道路ではあったが、見通しが良くあまり交通事故が起きそうにもない交差点だった。
「先生、ここ……わたし、嫌い」
二階堂の着ているジャケットの袖を引っ張るようにしてヒナコが言う。本当に嫌なようで、ヒナコはその眉を八の字に下げるようにして、少し苦しそうな表情を浮かべている。
それは二階堂も一緒だった。この空間には瘴気のようなものが満ち溢れているのだ。
交差点の端にある信号機の下に、枯れた花が供えられているのが目に入った。確かこの交差点で過去に死亡事故は発生していないはずである。
その枯れた花束から少し離れた場所に缶ジュースが置かれているのに二階堂は気がついた。
缶ジュースは全部で四本。その四本の置かれている配置を見た時、二階堂はこの場所が儀式に使われたことに気付いた。
「マズイな……」
「ね、先生、早く帰ろうよ……。こんな場所に長く居ちゃダメだよ」
ヒナコが二階堂を急かすように言う。
「あの、何かわかりましたか」
ブツブツと話している二階堂を見た杉崎スミレが問いかけてくる。
「ここは、四つ辻か……」
「四つ辻?」
「ああ。四つ辻は生者と死者の世界が交わる場所と言われているんだ」
「先生、帰ろうよ。あ……」
ヒナコがそう言った時、二階堂たちの周りに黒い霧のようなものが立ち込めていることに二階堂も気づいた。
「くそ、瘴気が溢れ出てきたか」
「え? なんですか?」
杉崎スミレには瘴気が視えていないのか、不思議そうな顔をして二階堂の顔を見る。
「まずいな。ここはひとまず引き上げよう。どうして、この場所が忌み地になってしまったのかを調べる必要がある」
「待って……」
声がしたため、二階堂は足を止めて振り返って、後ろをついてくるヒナコのことを見た。
「ん? なにか言ったか?」
「わたしじゃないけど」
「待って……」
「先生、あれ」
ヒナコが指さした場所。そこには赤いカーディガンを着た髪の長い女が立っていた。
その姿はまるで蜃気楼であるかのようにゆらゆらと周りの空間が揺れているかのように見える。
「待って……」
どうやら先ほどからこちらに対して語りかけてきているのは、あの赤いカーディガンの女のようだ。
女の周りには更に濃い黒い霧が立ち込めており、女が邪悪な存在であるということを示しているようだった。
「今日は偵察に来ただけだったのにな」
二階堂はそう言うと、指先を合わせて何か形のようなものを作り始めた。そして、何やら口の中で唱えだす。この指先を合わせて形を作るのは、印を組むという動作であり、口の中で唱えているのは真言と呼ばれるものだった。
「待って……」
再び女が言った。女はどこか悲しそうな表情を浮かべている。
その表情を見た二階堂は真言を唱えるのをやめた。
「なにか言いたいことがあるのか?」
「わたし、わたしじゃない、わたしじゃないの、わたしじゃない、わたしじゃない、ワタシジャナイ、ワタシジャ……」
まるで壊れたテープレコーダーのように女は同じ言葉を繰り返す。
すると、女のすぐ後ろから湧き出していた瘴気の中から無数の腕が伸びてきて、女の身体を掴んだ。そして、その腕は女のことを瘴気の中へと引きずり込もうとする。
「ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ……」
女はその腕を振り払おうとするが、次から次へと腕が伸びてきて女の身体を引っ張っていく。
そして、女の身体は瘴気の中へと消えていった。
「何なんだよ、これ」
初めて見る光景に二階堂は唖然としていた。
地面が揺れた。地響きも聞こえてくる。
瘴気の中に見えたもの、それは巨大な門扉であった。その門扉が少しだけ開いており、その隙間から無数の腕が飛び出ている。
「あれは……」
二階堂はその存在を知っていた。ただ、それを見たのは初めてであり、話でしか聞いたことの無いものだった。常世の扉。そう呼ばれる扉であり、現世と常世を繋ぐものだといわれている。おそらく扉の隙間から出ている腕は常世にいる死者たちのものだろう。あの腕に捕まれば生者であろうとも常世へと引きずり込まれてしまう。
「先生、逃げないと」
ヒナコに言われて二階堂は我に返った。
「走れっ!」
二階堂は叫ぶように言うと、ヒナコと杉崎スミレの手を引っ張って走り出した。