千年の呪いを継ぎし者(8)
現代:探偵、呪いを継ぐ
兄が死んだのは夏の暑い日のことだった。
その日は、朝から気温が高く、日中は四〇度を超す高温となっていた。
工事現場でアルバイトをしていた俺は、休憩時間にスポーツドリンクと塩飴を舐めて熱中症対策をしながら働き続けていた。
現場での仕事が終わると日払いでもらえる現金の給料を握りしめて、銭湯へと向かった。労働でかいた汗を流し、瓶入りの牛乳で喉を潤す。
本業は、探偵だった。大手の探偵事務所に所属しているというわけではなく、フリーランスの私立探偵というやつだった。しかし、探偵業では食べていけないため、週五でアルバイトをしながら食いつないでいるというのが現状だ。
築四〇年以上の風呂なしボロアパート。そこが俺の住まいだ。部屋に戻ると、敷きっぱなしになっているせんべい布団の上に寝転がって、スマートフォンで次の仕事を探す。
なにか手っ取り早く稼げる仕事はないだろうか。そんなことを思ったりもするが、あくまで本業は探偵であり、副業を探しているだけなのだ。
「あーあ、なんだかなー」
思わず独り言が漏れる。
すると畳の上に置かれていたスマートフォンが、ヴゥーヴゥーと震えた。
ディスプレイには、兄とシンプルな文字が表示されている。
なんだよ、兄貴か。
そんなことを思いながら、俺は電話に出た。
「もしもし、兄貴か――」
「――こちらはA警察署の者なのですが」
兄からの電話だと思って出たら、相手が警察官だと名乗った。
これは流行りの詐欺電話というやつなのだろうか。そう思いながらも、確かにディスプレイには兄という文字が表示されていたはずだと気づく。
「実は……」
警察官だと名乗った人物が説明をはじめる。
時おり、ザザ、ザザといった雑音が混じったりもしていたが、警察官が口にした「兄が死んだ」という言葉だけははっきりと聞き取ることが出来た。
警察官は病院に兄の遺体が運ばれたので来てほしいという旨を伝えてきた。
俺にとって、兄は唯一の家族だった。幼い頃に、両親は亡くなっており、歳の離れた兄が高校卒業まで俺の面倒を見てくれていたのだ。
ひとりで暮らすようになってからも兄とは定期的に連絡を取り合っていたし、一緒に食事をすることなども多かった。
病院につくと、ロビーで背の高いワイシャツ姿の男に呼び止められた。電話をしてきた警察官だった。彼は所轄署の刑事であり、兄の死について捜査をしているとのことだった。
兄は建設途中のビルから飛び降りて死んだ。即死だった。
警察は、自殺と事故、事件のいずれかであると見て捜査をしているという説明がされた。
兄の死体は司法解剖に回されるという説明を受けたが、その説明内容はまったく頭に入ってくることはなかった。
兄が死んだのだ。その現実だけが押し寄せてきていた。
ビルから飛び降りたため、頭は潰れてしまっており、顔は見れないということだった。
近くに落ちていたカバンの中に入っていた身分証とスマートフォンから身元を特定して、俺に連絡をしてきたそうだ。
兄はなぜ死んだのだろうか。
最後に兄とあったのは、二週間ほど前のことだ。その時は、兄が死ぬなど想像もできなかった。
兄が自殺などするわけがなかった。兄は来年に結婚を控えていたのだ。そんな兄が自殺などするわけがなかった。
事故か事件。俺はそう考えていた。もしかしたら、兄は誰かに殺されたのかもしれない。
病院のベンチに腰を下ろしながら俺はそんなことを考えていた。
ふと、視界の隅に何かが見えた。
顔を上げると、そこにはひとりの少女が立っていた。歳の頃は十五、六歳くらいだろうか。
「これ……」
少女は俺にメガネを差し出してきた。それは、兄が掛けていたメガネだった。
「え?」
俺がそのメガネを受け取ると、少女は悲しそうな顔をしてみせた。
「キミは?」
「わたしはヒナコ」
「このメガネはどこで?」
「これは先生のメガネだったやつ」
「先生?」
「そう、先生。先生は先生って呼べって」
兄は教師などではなかった。何か習い事を教えていたということもない。なぜ兄が、この少女に先生と呼ばれていたのかはわからなかった。
「これからは、あなたが先生なんだね」
少女にそう言われた時、妙な感覚に俺は襲われた。何か懐かしいようなものを彼女から感じたのだ。だが、俺の記憶に彼女は存在していない。初めてあったはずだ。
そして、彼女から手を握られた時、俺はすべての運命を受け入れることとなった。
彼女の名前はヒナコ。二階堂家の当主に代第伝わる呪いなのだ。
なぜかそのことがはっきりとわかった。
二階堂家の呪いも、彼女のことも何も知らなかったはずなのに、すべてがわかってしまったのだ。遠い先祖である藤原鷹房のことも、二階堂顕房のことも、そして兄のことも。




