千年の呪いを継ぎし者(6)
室町期:二階堂家と鬼の面
二階堂家に伝わる呪い。それは鬼に関する呪いであった。鬼は何度も蘇っては、当主の愛する者たちを蝕んでいく。その呪いに打ち勝った者はひとりもいなかった。二階堂顕房の代になるまでは。
二階堂顕房は、室町幕府に仕える官人のひとりであった。先祖より受け継いできた二階建ての御堂は何度か戦などで消失していたが、そのたびに御堂を建て直し、いまでも屋敷の中には二階建ての御堂が存在している。
顕房は信心深い人物であり、朝と晩は決まって御堂へ向かい祈りを捧げていた。それは二階堂家の当主だけに伝えられる重要な日々の決まり事でもあるのだった。二階堂家の御堂、そこに収められているのは鬼の面であった。その面には不思議な力が宿っているとされており、平安末期の有名な陰陽師によってその面に鬼の力を封印したと伝えられている。二階堂家はその面を守るために存在しており、その面の様子を毎日、朝と夜に見るのが当主の役目だと伝えられてきていた。
ある日の朝、顕房は御堂のところにひとりの少女が佇んでいるのを見つけた。歳の頃は十五、六歳に見える。ただ、その少女が放つ気のようなものが、この世のモノではないということを顕房に教えていた。
「どなたかな」
顕房は優しい口調で、その少女に話しかけた。この世のモノで無いとしても、この御堂にいるということは何かしら二階堂家に関係してる人物なのかも知れないと思ったためだ。
「あなたは?」
「私か、私はこの家の当主、二階堂顕房だ。そなたの名は?」
「わたしはヒナコ……」
そう少女は言うと、その日はそれだけで姿を消してしまった。
その日から、何日かおきに顕房はヒナコの姿を見るようになった。そして、ひと言、ふた言と言葉を交わすようにもなっていったのだった。
顕房は、御堂に現れるヒナコという人物が何者なのかを二階堂家に伝わる書物などで調べていたが、その名前が書物に記されていることはなかった。ただ、老年の郎党の者にその名を伝えた時、その者が興味深い話を聞かせてくれた。その郎党は顕房の祖父の代から二階堂家に仕える者であり、顕房のことも幼い頃からよく可愛がってくれていた人物だった。
「ヒナコ様は、二階堂家に代々伝わる呪いにございます」
「呪いだと?」
「ええ、拙者も先々代から聞かされた話ではございますが」
「どういうことなのだ、呪いとは」
「拙者にもそれはわかりませぬ。ただ、ヒナコ様の姿は二階堂家の当主以外には見えぬと」
「そうなのか……」
顕房はその日から、ヒナコを見かけると色々と質問をするようになっていった。
その結果、ヒナコが平安の頃より二階堂家に出入りしていることがわかった。ただ、なぜヒナコが御堂に現れるのかということは本人もわかってはいないようである。
鬼の面とヒナコは何か関係があるのではないだろうか。そう考えた顕房は、御堂の奥に祀られている鬼の面を一度ヒナコに見せてみようと考えた。
その日の夜、顕房は御堂の奥にある祭壇の前でヒナコのことを待っていた。
ヒナコはいつもどおりに姿を現し、顕房と他愛もない話をした。ヒナコは様々なものに興味を持っており、平安の頃と現代のことを比べるのが好きだった。
「ヒナコは鬼の面を見たことがあるかい」
「鬼の面?」
「そう。この祭壇に祀られているものだよ」
「知らない」
「そうか。じゃあ、見せてあげよう」
顕房はそう言うと祭壇から桐箱を持ってきて、ヒナコの前に置いた。
木の箱には何が書いてあるか読めない文字が書かれている。それは日本の文字ではなく、大陸の文字のように思えた。
「これが、鬼の面だ」
顕房が木箱の蓋を開けると、中から苦悶の表情を浮かべた面が姿を現した。黄色く濁った大きな目玉と食いしばった歯。その歯は獣の歯のように尖っている。そして、何よりもの特徴は額から突き出た二本の角だった。
「鬼……」
ヒナコは呟くように言った。
もし何かヒナコに変化が現れるようであれば、斬って捨てよう。そう考えていた顕房はヒナコに気づかれないよう腰の刀へと手を伸ばしていた。
ヒナコに、目に見える変化はなかった。
変化があったのは鬼の面の方である。鬼の面の黄色く濁った大きな目玉が濡れ、液体が流れ出てきたのだ。それが涙であるかどうかは顕房には判断がつかなかった。
「この鬼に、見覚えは?」
「ない」
きっぱりとヒナコは言ったが、その目はじっと鬼の面を見つめ続けていた。




