千年の呪いを継ぎし者(4)
洛外の鬼が退治されたという噂は、すぐに平安京で広まった。
二階堂の当主が鬼を退治したという話も広まり、多くの人が鷹房の屋敷にある二階建ての御堂で熱心に祈りを捧げるようにもなっていった。
その噂は帝の耳にも入ったようで、鷹房は内裏にある紫宸殿へと呼び出され、役職を権中納言から中納言へと格上げされることとなった。
一方の嵯峨山の巫は自らの役割を終えたと言い、巫の座から降りることを宣言して嵯峨山を出ると、洛中にある屋敷へと移ってきていた。
そして、夜な夜な鷹房は洛中にある巫であった女の屋敷へと出掛けるようになっていった。
鷹房には、すでに三人の妻がいた。これは当時の貴族では当たり前のことであり、妻が複数人いようとも誰かから非難されるようなことではなかった。しかし、巫であった者と中納言である鷹房では身分が違いすぎた。そのため、鷹房は巫を正式な妻として迎えることはできなかった。
それでも鷹房は、毎夜のように彼女のもとへと通い、彼女は子を妊んだ。
産まれたのは女の子だった。鷹房はその女の子にヒナコという名を付け、とても可愛がった。
時は流れ、ヒナコは美しい女子へと成長し、多くの者たちから求愛の歌を送られるような存在となっていった。
だが、誰もヒナコが鷹房の子であるということは知らなかった。その事実は隠し通され続けたのだ。なぜそこまでして隠さなければならなかったのか。それには鷹房が、身分の違う女に子を産ませたという事以外にも存在していた。鬼の呪いである。鬼は鷹房にトドメを刺される際に、呪いの言葉を口にしていた。その呪いがヒナコに及ぶ恐れがあると考えたため、ヒナコは鷹房の子であるということを公言しなかったのだ。
もし、ヒナコが鷹房と巫の子であるということがわかってしまえば、鬼の呪いが発動するだろう。鬼がどのような呪いをかけていたのかはわからないが、その呪いを発動させないためにも、ヒナコは鷹房の子であるということを世間に知られるわけにはいかなかったのだ。
ある日、ヒナコの住まう屋敷の前に一台の牛車が止まった。その牛車は屋形の作りからして、相当な身分の者を乗せているということがわかった。当時の恋愛というのは現代とは違い、お互いが顔を突き合わせるということはなかった。男の方が相手の姿を屋敷の垣根の間から覗き見し、そして文を送るところから恋愛ははじまるのだ。そして、その文を受け取った女は文の内容から相手のことを想像し、文の中に書かれていた和歌などが素晴らしいと感じた場合に、文を送り返すということをする。そういったやり取りを重ねて、はじめて顔を合わすこととなるのだが、その時は男の方が夜中に女の屋敷へと忍び込むこととなっていた。こうして結ばれた者たちが婚姻の儀を経て夫婦になったりする。これが当時の恋愛のあり方だった。
ヒナコの屋敷の前に牛車が止まっているのを見た鷹房は気が気でなかった。自分の愛娘のことを覗き見ている男がいるのだ。しかし、ヒナコが自分の娘であるということは世間に隠しているため、ここで名乗り出るわけにはいかなかった。
しかも、屋形に装飾された家紋には見覚えがあった。あれは帝の弟君であられる親王の家の紋である。まさか、親王様ほどの御方にヒナコが見初められるとは思いもよらぬことであった。
その日の夜、鷹房は上機嫌に酒を飲んでいた。もし、娘のヒナコが親王様の御眼鏡に叶うようであれば、これほど嬉しいことはない。ただ、ひとつ悔いが残るとすれば、そのヒナコが自分の娘だと公言することができないということだろう。
「悔しいのう。どうして、自分の娘を認めてあげることが出来ないのじゃ……」
鷹房は月を見上げながら、そう呟いた。
「それはどういうことでございますか?」
「実はな、わしには娘が居る。かつて嵯峨山の巫と呼ばれていた女が産んだ娘じゃ」
「ほう、そうでございましたか。して、その娘の名は?」
「ヒナコという。いま平安京で一番美しいと噂の女子じゃ」
「――そうであったか、鷹房。しかと聞き遂げたぞ」
突然、声の主が変わったかのように低く響きのあるものへと変わった。
そこで初めて鷹房は気がついた。いま、自分はどこの誰と話していたのだろうかと。
辺りが暗くなり、漆黒の雲が空を覆う。雷が鳴り、土砂降りの雨が降り出した。
「鷹房よ。我の呪いをとくと味わうが良い」
雨でほとんど視界が無い中、屋敷の中庭に大柄な男の影があった。その影には首がなく、片腕もなかった。
鷹房は慌てて太刀を抜き、その大きな男へと斬り掛かった。
「あなやっ!」
男は斬られて悲鳴をあげた。
しかし、その悲鳴は男のものではなく、女の悲鳴だった。
「な、なんと……」
鷹房が斬ったのは鬼ではなく、かつて嵯峨山の巫と呼ばれた愛する女だった。
「――鷹房さま……ヒナコが……」
女はそう口にすると、鷹房の腕の中で息を引き取った。




