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メガネの探偵、二階堂  作者: 大隅スミヲ
千年の呪いを継ぎし者

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千年の呪いを継ぎし者(1)

魔女の口づけ


 クーラーの風が心地よかった。

 目の前に置かれたアイスコーヒーの氷が溶けた時に奏でる音を聞きながら、二階堂は店内に置かれている小さなテレビで甲子園球場の様子を見ていた。

 本来であれば高校野球の中継映像が流れているはずなのだが、暑すぎるために一時休止となっており、いま流れているのは南極大陸を横断するペンギンたちの映像だった。

「先生、ペンギンって見たことある?」

「あるよ。水族館でだけど」

「そっか……」

 二階堂の隣の席に腰を下ろしていたヒナコは熱心にテレビの映像を見つめている。

 ヒナコの前には黒蜜のかかったかき氷が置かれているが、テレビに熱中していて全然減っていなかった。

 時おり、テレビ画面の上部には字幕が流れていた。それは各地の気温であり、どこの地域も四〇度近い気温となっているということがわかった。

 いまはこの喫茶店から出たくないな。そんなことを思いながら二階堂がテレビ画面を見つめていると、ふと視線の隅に黒い存在が入ってきたことに気がついた。

 そちらに目を向けると、黒いノースリーブのワンピースを着た内山が立っていた。内山……彼女は以前、二階堂が依頼を受けて調査をした私立S学園で司書を勤めていた教師だった。

「お久しぶりです、二階堂さん」

「あ、ああ、あんたか」

 予想外な人物が目の前に現れたことに二階堂は驚きを隠せなかった。

 内山は私立S学園で発生した事件のあと、S学園を退職しており、その後の行方はわからなくなっているという話だった。彼女の正体。それを二階堂は知っていた。現代に生きる魔女。それが彼女の正体だった。いまは黒髪でカラーコンタクトでもしているのか黒い瞳という状態であるが、本当の彼女の姿は赤い髪で赤い瞳の魔女だった。

「偶然……っていうことは無いよな」

「もちろんです」

 内山はそう言うとニッコリと笑って、並びの良い真っ白な歯を見せた。

 色が白く頬にはそばかすがうっすらと見えている。彼女は司書をしていた時と同様に、いまも地味な格好をして、自分の本当の姿を隠しているようだ。

「仕事の依頼かい?」

「いえ、以前お世話になったお礼をしたくて……」

「お礼?」

「ええ。あの悪魔を封印することに成功したのはあなたのおかげです」

「いや、お礼なんて必要ないって。学園長からたんまり謝礼はもらっているから」

「それでは私の気が済みませんわ。そうね……あなたの呪いを解くっていうのはどうかしら」

 内山こと魔女はそう言うと、ちらりと二階堂の隣に座るヒナコのことを見た。

 ヒナコの存在。それは二階堂家に伝わる呪いだった。二階堂家の当主は、代々ヒナコという呪いを引き継いで来ており、当主となった二階堂も先代である兄からヒナコを引き継いでいた。

「……いや、やめておくよ」

「そう言わずに」

 魔女はそう言うと二階堂に顔を近づける。

「私があなたの呪いを解いてあげる」

 そう囁いたかと思うと、二階堂にそっと口づけをした。

 あまりにも突然のことに二階堂は反応ができなかった。そして、唇と唇が触れ合った時、電流が身体に流れたような感覚に襲われた。

「ほら、これでもうあなたは自由よ」

 魔女が微笑みながら言う。彼女の目はカラーコンタクトで黒くなっていたはずだったが、赤い瞳に戻っていた。

 二階堂が横を見ると、先ほどまでそこに座っていたはずのヒナコの姿はどこにもなく、テーブルの上に少し溶けたかき氷だけが残されている。

「おい、本当に……」

「そうよ。これは私からのお礼」

 二階堂は慌ててかけていたメガネを外したり、つけたりとしてみたが、やはりヒナコの姿はどこにもなかった。

 本当に呪いが解けたのだ。二階堂家に一二〇〇年以上続く呪いが消え去ったのだ。

 しかし、なぜか二階堂の心にはぽっかりと穴が空いてしまったような感覚だけが残っていた。

 一二〇〇年の呪いが解けたというのに、この感覚は何なのだろうか。

「あら、どうしたの。なんだから表情が晴れないわね」

「いや……」

「大丈夫よ。そんな呪い、すぐに忘れてしまうから。じゃあね、探偵さん。がんばって」

 魔女はそう言って再び微笑むと、喫茶店から出ていってしまった。

 喫茶店にひとり残された二階堂は、呆然としていた。

 テレビでは甲子園の試合が再開されるというアナウンスが流れている。

 しかし、そんなアナウンスなど、二階堂の目には入ってこなかった。


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