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メガネの探偵、二階堂  作者: 大隅スミヲ
四つ辻にて待つ
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四つ辻にて待つ(3)

 杉崎スミレからの依頼。それは、とある交差点で起きた交通事故に関する調査だった。

 先月、杉崎スミレの妹であるサクラが交差点を渡っている時に車に撥ねられるという事故が発生した。妹のサクラは足を骨折するという大怪我を負って病院へと救急搬送された。

 ただの交通事故。それであれば、二階堂の出番などはなかった。

 交通事故にあったサクラと、そのサクラを撥ねた運転手の両者が奇妙なことを言い出したのだ。

「あの女性はどうなった?」

 まるで口裏を合わせたかのように、ふたりは同じことを言っていた。もちろん、ふたりが口裏を合わせているということなどはありえない。ふたりの関係は被害者と加害者なのだ。

 サクラか運転手のどちらかだけが言ったのであれば見間違いということで片付けられるが、ふたりが同じように口にしたのである。事故の捜査を行った警察からは、ふたりが口にした女性の存在は確認できないという報告があった。

 では、ふたりが見た女性というのは一体何だったのだろうか。

 それをただの見間違いや、ちょっと不思議な怖い話といった風に片付けることもできた。

 しかし、事態が少し変わってきた。

 サクラが入院している病院で、その女性を見たというのだ。

 最初は、ちらりと見かけた程度だった。廊下を横切る女性を見た。ただ、それだけだった。もしかしたら、似ている女性を見ただけかもしれない。気のせいだったかもしれない。その程度だった。

 次にサクラがその女性を見たのは、ナースステーションだった。深夜、サクラがトイレに行こうとした時に誰もいないナースステーションのところに女性が立っているのを見たのだ。しかし、その女性の姿はサクラが驚いて目を離した隙に、どこかへと消えてしまっていた。

 翌朝、サクラはナースステーションで女性の特徴を伝えて聞いてみたが、看護師たちは「わからない。見間違いじゃないの」というだけだった。

 その後、サクラは女性の姿を見ることは無く、退院の日も近づいてきていた。

 加害者である中年男性はサクラの見舞いに頻繁に来ていた。謝罪もして、入院費も治療費も全部負担、慰謝料も払うということで、誠意を見せていた。

 しかし、ある日を境にパッタリと姿を見せなくなってしまったのだ。

 サクラが翌日に退院を迎えるその日、サクラの病室に現れたのは加害者の男性の奥さんだった。その奥さんによれば、男性はどうしても来られなくなってしまったのだという。そして、男性の奥さんは妙なことをサクラに聞いてきた。

「髪が長くて、赤いカーディガンを着た女性を見なかったかしら」

 その言葉を聞いた時、サクラはゾッとした。それはまさにサクラがナースステーションで見たあの女性の姿と同じだったのだ。

「どうしてそれを?」

「夫がね、見たっていうのよ。あなたと事故を起こしてしまったあの日に。それ以来、毎日のようにどこからか、その女がこっちを見ているんだって」

「え……」

 全身が粟立った。そして、どこからか視線を感じて、サクラは振り返る。しかし、そこには誰もいなかった。

「ごめんなさいね、変な話をして怖がらせてしまって。ただ、夫は、ちょっとおかしくなってしまったのよ……ごめんなさい……」

 奥さんは目に涙を浮かべながらそう言って、サクラの病室を出ていった。

 その日の夜、サクラは夜中に目を覚ました。

 窓が開いているのか、カーテンが風に揺れている。

 昼間のことを思い出したサクラは怖くなり、布団を頭まで被った。

 どこからか視線を感じる。

 いや、気のせいだ。だって、わたしは布団を被っているのだから。視線を感じるはずがない。サクラはそう自分に言い聞かせた。

 しかし、どうしても気になり、恐る恐るサクラは布団の隙間から顔を覗かせた。

 真っ暗な病室の中には、廊下からの明かりが差し込んできている。

 そして、廊下の方へと視線を向けた時、サクラは息を呑んだ。

 こちらをじっと見つめるふたつの目があった。

 そう、そこには赤いカーディガンを着た髪の長い女が立っていた。

 女はにやりと笑みを浮かべるとゆっくり、一歩、また一歩とサクラのいるベッドの方へと歩み寄ってくる。

 勘違いしていたことがあった。サクラは女が赤いカーディガンを着ていると思っていたのだが、あれは赤いカーディガンではない。元は別の色だったのだが、血で赤く染まったカーディガンなのだ。

 サクラは恐怖で硬直していた。怖いのだが、女から目を離せなかった。

 そして、女がサクラのベッドのすぐ近くまで来た時、サクラは気を失ったのだった。


 それが一昨日の晩の出来事だったと、杉崎スミレは語った。

「サクラは退院をしたのですが、事があるごとに『あの女が見ている』とうわ言のように呟いていて……」

「そうですか」

 すでにテーブルの上には、二階堂の注文した大盛りナポリタンと杉崎スミレの注文したピザトーストが届いていたが、ふたりとも料理には手を付けていない状態だった。

「ねえ先生、食べないの?」

 話が切れたところでヒナコが二階堂にいった。

 二階堂はコップに入った冷水をひと口飲んでから、口を開いた。

「それで私にその女のことを調べてほしい、と?」

 ひと息ついてから、二階堂は大盛りのナポリタンに粉チーズをたっぷりと掛け、右手に持ったフォークを麺に突き刺してからクルクルと回した。

「そうです。警察の調査では事故現場には女性なんて存在していませんでしたし、病院にもサクラのいうような女性は入院していませんでした」

 杉崎スミレはため息をつくと、そこでようやくピザトーストへと手を伸ばした。


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