旧校舎の魔女(6)
図書室へと向かう途中で、二階堂は違和感を覚えていた。
何かがおかしい。そう気づいた時はすでに遅く、辺りには黒い霧が立ち込めていた。
「ちょっと、急に立ち止まらないでよ」
二階堂が急に立ち止まったため、後ろから追いかけてきていた瀧本は二階堂の背中にぶつかってしまっていた。
「え、何なのこれ」
瀧本があたりに立ち込めている黒い霧を見ながらいう。
黒い霧の正体。それは瘴気と呼ばれるものだった。瘴気は大変危険なものであり、普通の人間が触れてしまうと病に罹ったりしてしまう恐れのあるものだった。
カツ、カツ、カツ、カツ、カツ……。
その瘴気の中から硬い靴の足音が聞こえてくる。おそらくハイヒールを履いた人間の足音だ。
「先生、来るよ」
ヒナコが瘴気の向こう側を見つめながら言う。
「ああ。気をつけろよ」
「ちょっと、何を言っているの。二階堂先生、誰と話をしているのよ」
不安げな表情をしながら、瀧本が言う。瀧本にはヒナコの存在が視えていないのだ。
仕方がない。二階堂は自分のかけていたメガネを外すと瀧本に差し出した。
二階堂のメガネは、度の入っていない伊達メガネだった。ただ、このメガネは特殊な力を持ったメガネであり、このメガネをかけると霊体などが視えるようになるという不思議なメガネであり、このメガネは兄から譲り受けたものだった。
「何なの?」
「いいから、かけて」
そう言われた瀧本はわけがわからないといった感じで二階堂のメガネをかける。
「え……だれ?」
「ヒナコだよ。はじめまして、瀧本先生」
顔を引き攣らせている瀧本に対して、ヒナコは笑顔で挨拶をした。
「え? え? え? どういうこと?」
「悪いが、いまは説明している暇はないんだ。来るぞ」
黒い瘴気の向こう側から人影が現れる。
そこに姿を現したのは、黒いドレスのような服を身にまとった赤い目で赤い髪の女性だった。
どうやら、彼女が本当の魔女のようだ。
「え……あれ? 内山先生?」
瀧本が驚いたような声を上げる。
そう、そこに姿を現したのは、図書室で司書を務める内山だった。
しかし、普段の内山とは姿が違っていた。黒髪で伏し目がちな内山はそこにはいない。いまの内山の姿は、赤い瞳で赤い髪の魔女そのものだった。
「なるほどね。あんたが魔女だったのか。俺にミスリードをさせたのも、あんたの仕業だな」
「ふふふ……。学園長から探偵が旧校舎について調べているって話を聞かされた時はどうなるかと思っていたけれど、間抜けな探偵で助かったわ。簡単に騙されてくれるんですもの」
「これは返すよ」
二階堂はそう言うと、貸出カードを魔女へと投げつけた。
投げられた貸出カードはくるくると回転をしながら弧を描きながら、魔女に向かって飛んでいく。
「まさか、貸出カードでミスリードをさせられるとは思わなかったよ」
「あなたが単純な探偵で助かったわ。それで、私の正体がわかったところでどうするつもり。まさか、私を退治するつもりじゃないでしょうね」
「それはどうかな。あなたが噂の魔女だったということはわかった。あとは、旧校舎の取り壊しを妨げている理由次第というところかな」
「その理由を知ったところで、あなたではどうにもできないでしょう、探偵さん」
「俺がただの探偵だったらね。なあ、教えてくれないか。あの旧校舎には何があるというんだ」
「部外者であるあなたは知る必要はないと思うんだけれど」
「何か隠さなければならないようなことなのかい」
「挑発をしてもダメよ。あなたに教えたところで何も変えることはできないもの……」
そんな会話を二階堂と魔女がしていると、地面が揺れた。そして、どこからか低いうめき声のようなものも聞こえてくる。
「おい、これは……」
何か嫌な予感がした二階堂は、魔女に問いかける。
「あら、あなたとお喋りをしている時間も無いみたい。悪いけれど、私は行くわよ」
魔女はそう言うと手のひらを顔の前に持ってきて、そこに息を軽く吹きかけた。それは、まるで手の上に乗ってしまったゴミを息で吹き飛ばすような仕草だった。
次の瞬間、二階堂たち目掛けて無数のコウモリが飛んできた。慌てて二階堂は頭を下げて、そのコウモリを避ける。瀧本も同じように頭を抱えるようにしてしゃがみながら悲鳴をあげていた。
コウモリたちが去っていったことを確認し、顔を上げると、そこには魔女の姿はなかった。
「どうするの、二階堂先生」
瀧本が問いかけてくる。
「大丈夫。こう見えて、俺は探偵なんだ」
二階堂はそう言って瀧本に笑いかけると、指を使って印を組んだ。




