西洋人形は夜に嗤う(6)
桂川家の所有する神社は、小高い山の上に存在していた。
一〇〇段以上ある石の階段を登ると、狛犬の代わりに台座の上に鎮座する二匹の狐が出迎える。稲荷を祀っているというわけではないが、陰陽道では狐を重要視することが多い。それは平安時代に陰陽道最盛期を迎えさせた安倍晴明の母親が白狐であったという伝説から来ているようだ。
息を切らしながら石段を上った二階堂は、そこに瘴気が満ち溢れていることに気づき、一歩遅かったということを悟った。
「ほう、あの女陰陽師を負かしたというのか。これは面白いのう」
二階堂の隣りにいたヒナコが言った。瘴気に触れたせいか、ヒナコの姿は普段の日本人形のような少女ではなく、平安装束の禍々しい怨霊といったものに変わっていた。これが本来のヒナコの姿なのだ。
「ヒナコ、気をつけろ。相手は相当強いぞ」
「ふん、小僧が我に命令するのか。笑わせるな、我は西洋人形ごときに負けるわけがなかろう」
「その自信過剰が危険だって言っているんだよ」
「小僧、調子に乗るなよ」
ヒナコはそう言うと恐ろしい形相で二階堂のことを睨みつけた。
「いまはその憎悪は俺に向けないで、相手に向けてくれよ」
二階堂が冷静に言うと、ヒナコは鼻で笑うような仕草をしてみせた。
社殿の中に足を踏み入れると、そこは異界であるかのように黒い霧が満ち溢れていた。
「来たか、二階堂」
「誰だ」
二階堂が問いかけると、霧の中に人影が見えてくる。
指で印を組み、真言を唱えかけた二階堂だったが、目の前に現れた人の姿に二階堂は真言を唱えるのをやめた。
それは、十字架に貼り付けにされた桂川ハルヒだった。着ていた水干と思われるものはボロボロになっており、ほぼ裸に近いような状態で十字架に貼り付けにされている。ハルヒは気を失っているようで、うなだれたまま動くことはなかった。
「お前も同じようにしてやろうか、二階堂」
ハルヒが貼り付けにされた十字架の裏から姿を現したのは、ハルヒと同じくらいの背丈の西洋人形だった。
その西洋人形の額には五芒星が描かれていたが、封印されていないところを見ると効果が無かったようだ。
「どこで俺の名前を知ったんだ」
「そんなのは、この女がうわ言のように言っていたわ。『二階堂くん、来ちゃダメ』ってな」
そう言うと西洋人形は甲高い声で笑って見せる。
「なあ、ひとつ教えてくれないか」
「なんだ」
「あんたは一体何なんだ。ただの西洋人形に掛けられた呪いにしては力が強すぎるんじゃないか」
「あははははは。そうだよ、ワタシはただの西洋人形なんかじゃない。古くから伝わる、魔女の呪いだよ。あんたたちはそれも知らずにワタシに喧嘩を売ってきたんだ。馬鹿だよな。最初にワタシの力を封印しようとした霊媒師も、そこの女も、みんなワタシの正体に気づかなかったんだ。その点では、お前を褒めてやろう、二階堂」
「なるほどね。魔女の呪いか」
「さて、どうする二階堂。ワタシの正体を知ってビビって小便を漏らしているんじゃないか」
「魔女の呪いっていうのは、初めてだな。でも、呪いと向き合うのは初めてじゃないさ」
「なんだと?」
そう西洋人形が言った瞬間、二階堂の背後から姿を現したヒナコが閉じた扇子を西洋人形の頭に打ち下ろした。
金属と金属がぶつかるような音が部屋の中に響き渡る。
ヒナコの扇子は西洋人形が持っていた洋扇によって頭にぶつかるギリギリのところで受け止められていた。
「ほう、やるではないか。人形の分際で」
「なんだ、お前は」
ヒナコは受け止められた扇子にちらりと視線を送る。
それに釣られるかのように西洋人形も扇子の方へと視線を向けた。
次の瞬間、ヒナコは前蹴りで西洋人形のことを蹴り飛ばしていた。
その不意打ちでバランスを崩した西洋人形は尻もちをつくようにして倒れる。
「所詮、人形。我の敵ではないな」
ヒナコはそう言うと尻もちをついた西洋人形の頭をもう一度扇子で叩きに行く。
今度はヒナコの扇子が西洋人形の頭にヒットした。
鈍い音が響き渡り、西洋人形は頭の先から真っ二つに割れていく。
「おい、小僧。さっさと印を組め」
ヒナコは二階堂にそう言うと、自分の役目は終わったとばかりに何処かへと姿を消してしまった。
真っ二つに割れた西洋人形の中からは瘴気が溢れ出し、そこから小さな山羊の頭蓋骨が出てきた。おそらく、これは仔山羊のものだろう。そして、その額には六芒星が刻み込まれていた。
六芒星について、二階堂は詳しくはないが、魔女などが使う儀式で使われるものだと認識している。おそらく、これが魔女の掛けた呪いというやつなのだろう。時に山羊は悪魔の象徴として描かれることもある。きっと仔山羊の頭蓋骨に呪いを掛け、この西洋人形の中に収めることで西洋人形に呪をかけていたのだろう。現代においても魔女の家系というのは続いているという話を二階堂は耳にしたことがある。誰を呪おうとしてこの西洋人形を作り上げたのかはわからないが、作り上げたのは呪術に長けた魔女の家系の人間であるということには間違いなかった。
二階堂は封印の真言を唱え、山羊の頭蓋骨から六芒星が消えたことを確認すると、その頭蓋骨を粉々に砕いて、持っていた布袋の中に収めた。
そして、倒れているハルヒに近づくと、頬をやさしく叩いて、気を取り戻させた。
「あ……二階堂くん……」
目を覚ましたハルヒは、まだ虚ろな目で二階堂のことを見て、呟くようにいう。
「ごめんね……」
そう言うと、ハルヒはまた目を瞑ってしまった。




