西洋人形は夜に嗤う(4)
どこに消えてしまったのか見当もつかなかった。
そもそも人形の中に込められた呪いというのは、その人形を自由自在に動かせたとして、どこへ行こうとするのだろうか。呪いの目的。それがわからない。元の持ち主は、この人形をどこで手に入れたのか。あの人形に関しては様々な疑問が残されていた。
「ねえ――」
不意に声を掛けられハルヒは振り返った。
その声は、十歳ぐらいの少女のものと思われた。
振り返った先、そこには誰もいなかった。空耳だったのか。そう思いながらハルヒが顔を戻そうとすると、腰のあたりに強烈な痛みを覚えた。
「無視してんじゃねーよ、祓い屋」
「え?」
足元に視線を送ると、そこにはあの西洋人形が立っていた。そう、先日逃げ出した呪われた西洋人形である。
「なんで?」
「なんでじゃねえよ。お前がなかなか捜しに来ないから、こっちから出向いてきてやったんだろうが。ちゃんと捜せよな」
「どうして?」
「そりゃあ、お前が預かった身なんだから、捜す責任ってものがあるだろうが。お前は仕事ができないクズなのかよ」
「いや、でも……」
「なんだよ、言い訳なんかしてんじゃねえよ。そもそも、ワタシを捜さないでどうするつもりだったんだよ。依頼主には、なんて言い訳するつもりだったんだよ」
西洋人形に問い詰められ、ハルヒは口をモゴモゴとさせて何かを囁くような声で呟いている。
「あ? 聞こえねえよ。はっきりと喋れや」
「――穢れを拒み、白雪の帳、禍を遠ざけよ。我の声に応え、氷衛、ここに顕現せよっ!」
ハルヒは素早く手を動かし、指を組み替えながら式神である氷衛を召喚した。
そう、先ほどまでの受け答えは、氷衛を召喚するための時間稼ぎだったのだ。
辺りに白い靄が立ち込めると、その中に犬のような影が浮かび上がる。
その影を見た西洋人形は顔を引き攣らせて、怯えた表情を浮かべた。
「お、おい。よせ」
西洋人形は後退りするようにして逃げ出そうとしたが、雷光のような素早さで靄の中から姿を現した氷衛に首のあたりを噛みつかれるようにして捕まってしまった。
「もう逃げられないわよ、お人形さん」
「おい、勘弁してくれよ……ワタシは犬が嫌いなんだ」
「あら、氷衛の方は人形遊びが大好きみたいだけれど。氷衛、少し遊んであげなさい」
ハルヒの言葉に氷衛は嬉しそうに人形を咥えたまま、ぶんぶんと振り回す。
「ちょ……え……やめ……ぎゃーーーー」
氷衛に首元を噛みつかれたまま西洋人形は振り回され、言葉にならない言葉を発しながら悲鳴をあげている。この程度の呪いの人形であれば、可愛いものだ。そんなことを思いながら、ハルヒは西洋人形と戯れる式神の氷衛のことを見ていた。
ふと、ハルヒは二階堂に連絡をしておかなければならないということに気づいた。きっと、二階堂は西洋人形を必死に捜し回ってくれているだろう。もう捜さなくても大丈夫だと伝えよう。そう思って、スマートフォンを取り出すと、先日交換した二階堂の電話番号を呼び出した。
「二階堂くん、見つけたわよ。まあ、見つけたというよりも、あっちから勝手に出てきてくれたって感じなんだけれど……。え、いいわよ。じゃあ、待ってるわね」
西洋人形のことを伝えると、二階堂は一度見てみたいと言い、こちらへ来ることになった。人形の封印は、二階堂が来てからでもいいだろう。ハルヒはそんなことを思いながら西洋人形と戯れている氷衛の方へと視線を戻す。
しかし、そこにあったのはハルヒが想像していた光景とは違っていた。
先ほどまで首を咥えていたはずの氷衛は西洋人形に抑え込まれており、逆に椅子のようにされ、背中に乗られている状態だったのだ。そして西洋人形は小さな人形の姿ではなく、人間と同じくらいの大きさになっていた。
「あら、邪魔しちゃったかしら」
ハルヒの視線に気づいた西洋人形は唇を歪めるようにして笑みを浮かべて言う。その見た目は、少し前に流行ったようなゴスロリファッションの女の子のような感じであり、氷衛は完全に制圧されているといった感じだった。
「助けでも呼んだのかしら。あなたひとりでは、ワタシは手に負えないもんね」
それは西洋人形の言う通りだった。ハルヒの力ではどう考えても、この西洋人形には勝てない。それは西洋人形の放つ禍々しい瘴気のようなものを見ているだけでもわかることだった。
完全に油断していた。この西洋人形は自分が勝てるとわかって、ここへ戻ってきたのだ。
ハルヒは氷衛の印を解くと、一枚の札に戻した。
「あら、犬との遊びはもうおしまいなの。寂しいわね」
西洋人形は洋扇を取り出すと、パタパタと自分のことを扇いでみせた。




