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メガネの探偵、二階堂  作者: 大隅スミヲ
終電を逃し夜に、蛇は右手を這いのぼる

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終電を逃し夜に、蛇は右手を這いのぼる(1)

 それはゆらゆらと揺れていた。

 酔っていたということもあり、恵比寿はそれを見なかったことにして歩き続けた。

 その日、恵比寿は大学時代の友人たちと久しぶりに飲み、終電を逃したため帰路を歩いていた。

 別にタクシー代をケチったわけではなく、ほんの数駅、だいたい一時間弱の距離であったため、酔い覚ましのついでに歩こうと思ったのだ。

 ただ、普段から行くような場所ではなかったため、道には不安があった。そのため、左手に鉄道の高架が見えるようにしながら歩くことにした。知っている道であっても、夜になると風景が変わったかのように見えてしまうことがある。特に酔っ払っている時となれば、なおさらだった。

 何事もなく、いつも使っている最寄り駅へとたどり着くことができた恵比寿は、安堵感からか喉の乾きを覚えていた。少し先にはコンビニエンスストアの明かりも見える。その明かりに誘われるようにして、恵比寿はコンビニで缶ビールのロング缶を一本買った。

 プルトップを指で弾くようにして開け、ビールを乾いた喉の奥へと流し込む。運動をして少し汗をかいた後のビールは最高だ。抜けかかっていたアルコールが再び体内に充満していくような感覚を覚えて、恵比寿は豪快にゲップを吐き出した。

「ねえ」

 突然、声を掛けられた。

 振り返ると、そこには灰色のパーカーのフードを被った女が立っていた。

 先ほどから目の端でゆらゆらと揺れていたのは、彼女のパーカーのフードだったということに恵比寿は気がついた。コンビニの明かりで彼女の姿ははっきりと見えていたが、なぜかフードの中にあるはずの顔は見えなかった。

 顔のない女の怪談話。そんな噂話を恵比寿は思い出していた。終電を逃した夜にコンビニの前に現れるという女の話だ……。

 ヤバいものを引き当ててしまったかもしれない。恵比寿は声に振り返ってしまった自分の愚かさを呪った。こういった時は、聞こえないふりをしてやり過ごすのが一番なのだ。やつらは、自分たちのことが相手に視えているかどうかはわからない。だから、声を掛けたりして試してくるのだ。

 振り返ってしまったものは、しょうがない。ここは開き直るしかなかった。

「何の用だ」

「うふふふふふ、あたしのことが視えているのね」

「ああ、視えているさ。だが、顔が視えていないぞ、お姉さん」

「あらやだ」

 そう言うと女は被っていたパーカーのフードをめくった。

 その瞬間、恵比寿は息を呑んだ。

 パーカーのフードの中身。そこには何もなかった。本来あるはずの頭の部分が、どこにもなかったのだ。

 なぜ彼女の頭がないのか、それは容易に想像できた。

 おそらく、この女はどこかの高層マンションか何かから飛び降りたのだろう。その際に、頭が潰れて死んだ。だから、頭は存在しないのだ。

 そんな状態の女のことを恵比寿は冷めた目でじっと見たあと、缶ビールを一口飲んだ。

「それで何のようだ」

「え……あ……その……」

 恵比寿が何のリアクションも見せなかったことが想定外だったらしく、女の方が困った様子を見せている。

「何だ、成仏させてほしいのか?」

「え? いや……それは……」

「じゃあ、何なんだ。人様を呼び止めておいて」

 そう言って恵比寿は豪快にゲップを吐く。

 もはや完全に恵比寿の勝ちであった。

「……びわ」

「ん?」

「……ゆびわ」

「指輪がどうかしたのか?」

「ゆびわをさがして」

 女がそう言った瞬間、恵比寿には一瞬だけ顔が見えたような気がした。その顔は若い女であり、どこかで見たような気がする顔だった。

 そして、女は姿を消していた。

 一体、どういう意味なのだろうか。恵比寿はそう思いながら、またビールを一口飲もうとした時、右手の薬指に違和感を覚えた。

 そこには見たこともない指輪があった。そして、その指輪には小さな蛇が巻き付いていた。

「なんだよ、これ……」

 恵比寿はその指輪を外そうとしてみたが、どう頑張っても、その指輪を外すことはできなかった。


 翌朝、自宅で目を覚ました恵比寿は、自分の身におかしなことが起きていることを知った。

 外すことのできない指輪に巻き付いていた蛇が、手の甲へと伸びてきているのだ。その蛇は生きている蛇ではなく、タトゥーで描かれた模様のような蛇であった。

 そして、その蛇が徐々に自分の腕を這い上がり、心臓目掛けて近づいてきているということが何故か想像できた。蛇が心臓へと到達した時、自分は死ぬ。恵比寿はそれがわかり、顔を青ざめさせた。

「もしかして、これって呪いなのか?」

 恵比寿は自分の手の甲に描かれた蛇の模様を見つめながら呟くのだった。

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