死を呼ぶ魔の踏切(8)
踏切の警報機が、けたたましく鳴っていた。大勢の人が踏切を渡り切ろうと慌てて線路を超えていく。その人の流れの中で、中央に佇む男の姿があった。
金髪でマッシュヘア。耳にはピアスがいくつも見える。身体のラインがよく分かる細身の革ジャンに、革パン、そして足元はブーツ。
その姿には見覚えがあった。
「ユウキっ!」
叫ぶように男の名を呼んだのはハルヒだった。
間違いなく、あれは桂川であると二階堂もわかっていた。
ハルヒの声に反応した桂川ユウキがこちらを振り返る。
それと同時に電車の警笛が聞こえてきた。
どこから現れたのかわからないが、桂川の目の前には警笛を鳴らした電車が迫っていたが、桂川は動こうとはしなかった。いや、動けないのだ。足元には悪霊と思われる女がおり、桂川の足をしっかりと掴んでいた。
「仕方がない」
二階堂は印を組み、口の中で真言を唱える。
印の結び方や真言については、誰かから教わったというわけではなかった。物心ついた頃から、それは知っていたのだ。なぜであるかは自分でもわからなかった。兄は父から印の結び方や真言について色々と教わっていたのは知っている。だが、二階堂は誰からもそれを教わることはなかった。
指を組み変えて、印を結び、真言を唱える。それが当たり前のようにできた。子どもの頃は全員がそれを当たり前のようにできるものだと思っていた。
日本語ではない言葉。真言。それを二階堂が口から解き放った時、桂川に迫っていた電車が光に包まれていった。
次第に光が薄れていき、そこに真の姿が現れる。
電車の先頭車両だった場所は、おぞましい表情の女の顔となり、それに連なるようにヘビのような身体がついていた。朧車。かつて、そう呼ばれる妖怪がいた。朧車のその姿は平安時代に使われていた牛車の屋形が巨大な女の顔となったものであったが、桂川に迫っていたのはそれの現代版のような感じであった。
「おのれ、何をする」
朧車は顔を二階堂の方へと向けると、こちらを睨みつける。
髪は乱れ、大きく見開かれた目は黄色く濁り、口は頬のあたりまで裂けた女の顔。それが朧車の顔だった。
「正体を現したか。お前と桂川の因縁は知らないが、こっちまで巻き込まれていい迷惑なんだ」
「憎い、憎い、憎い、憎ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」
朧車はそう叫ぶように言うと、電車の後続車両だったヘビのような身体をうねらせた。
「二階堂、やっと来たのか」
踏切から脱出した桂川が憎まれ口を叩く。
次の瞬間、強烈な平手打ちが桂川の頬を襲った。
乾いた音が響き渡る。
「な……」
あまりにも突然のことに桂川は驚いた顔をしたまま、口をパクパクとさせている。
「バカ……心配かけないでよ」
桂川に平手打ちをしたのは、姉であるハルヒだった。ハルヒの目には涙が溜まっており、瞬きを一度でもすれば涙がこぼれ落ちてきそうな状態だ。
「姉貴……」
「感動的な再会のシーンで悪いんだが、まずはあいつを片付けないと」
二階堂が冷静な口調で言う。
朧車はせっかくの獲物を逃したことで怒り狂っているようで、大きく口を開けてこちらへと迫っていてきた。
「火威」
「氷衛」
桂川姉弟が同時に式神の名前を叫ぶ。
すると二匹の犬の式神が駆け抜けて朧車へと襲いかかった。火威が右から攻めれば、氷衛は左から攻める。その動きは息がぴったりであり、朧車を翻弄する。
火威が吠えれば火柱があがり、氷衛が吠えると氷の刃が朧車を襲う。次から次へと繰り出される二匹の攻撃に朧車は何もできない状態となっていた。
「そろそろ、トドメだな」
桂川が言い、指で印を組む。それに合わせるようにハルヒも印を組み、息がピッタリな姉弟の祝詞がはじまる。
「赫灼たる尾、天を焦がし、命の灯火と成りて燃えゆ――」
「幽冽たる牙、地を凍てつかせ、静寂の刃となりて裂く――」
別々の祝詞を唱え、ふたりは次々と指の形を変えて印を組んでいく。
「相反すれど交わりし双牙よ、陰と陽、熱と氷の理を越え、天地を裁け――焔氷穿牙」
ふたりの声が合わさった時、火威と氷衛の動きもシンクロするかのようにまったく同じものとなった。左右から同時に朧車へと突っ込んでいく。
炎渦と氷渦。そのふたつが混ざり合い、とてつもない力が生み出される。強い光。その光は朧車の姿を包み込んでいった。




