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メガネの探偵、二階堂  作者: 大隅スミヲ
死を呼ぶ魔の踏切

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死を呼ぶ魔の踏切(6)

 氷衛が突然立ち止まったのは、道端にある道祖神の前だった。そこはY字路になっており、行く方向が二手にわかれている。立ち止まった氷衛は何か手がかりでも探すかのように道祖神の周りの匂いを嗅ぎ回っている。

「先生、どうしよう」

 ヒナコがこちらを振り返って言う。

 どうしようと問いかけてきた意味を二階堂は理解していた。隣りにいる桂川ハルヒはどうだろうか。そう思って横目でちらりと見ると、桂川ハルヒは緊張した面持ちで道祖神を見ていた。

「どうしますか。まだ、引き返すこともできるけれど」

 二階堂はハルヒに尋ねた。

 ハルヒは首を横に振り「弟を助けたいの」とはっきりした口調で言った。

 この先は異界である。それを示すかのように道祖神の首は逆さまになっていた。

 おそらく、この道祖神の姿が視えるのは、特殊な人間だけなのだろう。

 とんでもないことに巻き込んでくれるじゃないか、桂川。二階堂は心の中で呟くと、その一歩を踏み出した。

 異界。それは現世とは異なる世界だった。言い方を変えれば「死者の国」とも言えるかもしれない。その世界に生者が立ち入ることは大変危険なことであり、誤って紛れ込んだりしたら二度と帰ることができなくなる恐れもある世界だ。

「仕方がない。この貸しは大きいぞ、桂川」

 二階堂はそう呟くと、指で印を組み口の中で何やら唱えはじめた。二階堂の唱えるのは陰陽師の祝詞とは違ったものであり、真言と呼ばれるものだった。

「さあ、行こうか」

 真言を唱え終えた二階堂は、道祖神の脇にある道を進んでいく。別に異界に入ったからといって、何かが変化するというわけではなかった。ごく普通のアスファルトの道が続いており、周りにある建物も変わった様子はない。異界というのは何種類か存在している。このように何も変化がない異界もあれば、以前財宝を守る軍人の霊が作り出したような真っ暗闇の異界も存在する。人々は、現世とは異なる空間を異界と呼んでいるだけであり、そのパターンは様々だった。

「この先に踏切があるよ、先生」

 ヒナコが言う。ヒナコの姿は現世にいる時と同じだったが、隣にいる氷衛は人間よりも大きくなっており、額にある蒼色で描かれた雪の結晶のような紋様が光り輝いていた。

「踏切?」

「うん、電車が走ってる」

 二階堂はヒナコの言葉に違和感を覚えていた。この辺りに鉄道の線路など通っていただろうか。どこか記憶があやふやだった。これも異界にいるからかもしれない。

 かすかに地面が揺れた。少し離れたところから踏切の警報機が鳴っている音が聞こえてくる。確かに、この先には踏切があるようだ。

「魔の踏切……」

 ふと二階堂は呟いてみた。それは恵比寿から聞いた言葉だった。どのような踏切であるのかは教えられてはいない。ただ、恵比寿から「魔の踏切」というものを知っているかと尋ねられただけだった。なぜ、その言葉が口から出てきたのか二階堂にも理解はできなかった。

 少し離れた場所から背の高い女がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ゆらゆらと揺れるように、ゆっくりとこちらに向かってくる。それは明らかに異界の住人であった。身長は二メートルくらいあるだろうか。手が異様に長く、背筋をピンと伸ばしているはずなのに手の甲が地面に擦れている状態だった。

「立ち去れ」

 女が言った。

 それに対して、氷衛が牙を剥き出しにして唸り声を上げる。

 束の間のにらみ合い。女はゆらゆらと揺れながら真っ暗な眼窩でこちらを見つめている。目玉はなかった。そのかわりに底の見えない井戸のような眼窩がそこにはあり、目玉がないにもかかわらず、こちらをじっと見つめているということがわかるのだ。

 女が唇を歪めるようにしてにやりと笑った。

 ヒナコは氷衛の後ろに隠れるようにしている。

 二階堂の隣りにいたハルヒが指で印を組んだのが見えた。

 女は口を大きく開いた。そこには歯が一本もなく、あるのは歯茎だけだった。女は口を大きく開け続け、ゴキッともゴリッとも聞こえる顎の骨が外れる音が響き渡る。そして、女の口の中から巨大なミミズのような生き物がうねりでてきた。

「氷衛っ!」

 それと同時にハルヒが叫んでいた。

 地を蹴りつけるようにして飛び上がった氷衛はその巨体で、女へと飛びかかる。狙っているのは女の首筋の辺りだった。

 女はその氷衛の巨体を避けようとはせず、口から出てきた極太のミミズのような生き物が、飛びかかってきた氷衛へと襲いかかる。

 そのミミズのような生き物は先端を八つに割ったかのように開くと、ギザギザとした歯のようなものを剥き出しにして氷衛に噛みつこうとした。

 氷衛の前足がミミズに食いつかれる。そう思った瞬間、ミミズの粘液にまみれたその体が凍りついた。それは比喩ではない。実際に凍ってしまったのだ。

 そして、氷衛は勢いそのままに、女の首へと噛みついた。

「あなやっ!」

 女が悲鳴をあげる。そして、女の身体も凍りつき、そのまま砕け散った。

「これが私の式神、氷衛の力よ」

 ハルヒは冷静な口調で言い「さあ、いきましょう」と二階堂の背中を押した。

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