死を呼ぶ魔の踏切(4)
ヒナコは二階堂家に代々伝わる呪いであった。
二階堂家の起源は古く平安時代まで遡ると言われている。当時の記録というものは消失してしまっているため、いつからヒナコが二階堂家の呪いとなったかは定かになってはいないが、二階堂家ではヒナコという呪いを受け入れ、当主となった者が代々引き継いできていた。
現当主の二階堂もまた、当主の座を引き継いだ際にヒナコの呪いも引き継いだ人間であった。先の当主は二階堂の兄であり、兄は不慮の事故で亡くなっていた。息を引き取る際に、二階堂はその現場に居合わせなかったが、その最期を二階堂に伝えたのはヒナコだった。そして、ヒナコは二階堂の兄の死を伝えると同時に、二階堂へと呪いを引き継いだ。
「あなたは何も知らないかもしれないけれど、私はお兄さんの婚約者だったの」
真面目な顔をして桂川ハルヒは二階堂に言う。
あまりにも突然な発言に何のリアクションも出来ずにいる二階堂のことをハルヒはじっと見ていたが、口元を少し歪めるようにして笑ってみせた。
「本当の話よ。ね、ヒナコちゃん」
そうハルヒはヒナコにも笑いかけてみせたが、ヒナコも二階堂と同じように何のリアクションも見せずにいた。
「あら、これじゃあ、私が嘘を吐いているみたいになっちゃっているわね……。まあ、いいわ。それじゃあ、案内して氷衛」
氷衛というのは、ハルヒの式神の犬の名前だった。ハルヒの話では、式神たちにはそれぞれ名前がついているらしい。名前というのは、一種の呪であり、名前が与えられたことで、名前によって縛られるということになるのだ。そのため、式神に名前をつけるというのは主従関係をはっきりとさせるという意味もあるとのことだった。
大型犬ほどの大きさとなった氷衛は、二階堂たちを先導するかのように歩いていく。
「おい、おれはもう帰ってもいいんだよな」
一緒に喫茶店から連れ出された恵比寿が困惑しながら二階堂に言う。
「好きにしろよ……。あ、ちょっと待て、恵比寿」
面倒事に巻き込まれるのはゴメンだと言わんばかりに、足早に逃げ帰ろうとした恵比寿のことを二階堂は呼び止めた。
「な、なんだよ」
「お前は知っていたのか、恵比寿」
「なにが?」
「兄貴のことだよ」
「……おれは……知ってた」
「だから、ハルヒさんを連れてきたのか」
「いや、それは……」
「まあ、いい。今後、俺に隠し事をするのはやめてくれ、恵比寿。お前とは良きビジネスパートナーとしていたいんだ」
それだけ言うと、二階堂は恵比寿を解放した。
前を歩く氷衛は何かの匂いを嗅ぐかのように、時おり立ち止まっては鼻をスンスンと鳴らしている。
氷衛のことを気に入っていたのか、ヒナコはニコニコしながら氷衛のすぐ隣を歩いていた。
「桂川は……いや、弟さんはいつもひとりで仕事を?」
「ええ、そうね。あの子は仕事の話は私にはしないのよ。まあ、私も仕事の話をあの子にはしていなかったけれど」
「じゃあ、今回の件も何も知らなかったということなんですね」
「そうね。弟が夜中に出ていったのは知っているけれど、どこへ行ったかは知らないわ」
「……俺のことはどこで知ったんですか」
「言ったじゃない。私はあなたのお兄さんの婚約者だったって」
「ええ、それは聞きました。でも、あなたは兄の婚約者だっただけで、俺のことは何も知らなかったはず」
二階堂の言葉に、ハルヒはちらりと二階堂のことを見た。
「そうかもしれないわね。あなたも私のことは何も知らなかった。まあ、あの人らしいわ。自分のことはあまり人に喋りたがらなかった。そうでしょ」
確かにハルヒの言う通りだった。兄はべらべらと自分の話をするようなタイプではない。聞かれなければ、自分のことは一切喋らず、なぜ教えてくれないのかと問いただせば、聞かなかったからだろと答えるような人だった。
しかし、それとこれは話が違う。ハルヒは巧妙に話題の論点を逸らそうとしている。二階堂はそう感じ取っていた。
「俺が聞いているのは、なぜわざわざ俺に依頼するために、俺のことを調べたのかって話ですよ。あなたは恵比寿の知り合いでも何でもない。それなのに、恵比寿と連絡を取り、俺への繋ぎをお願いした」
「そっくりね」
「何がですか」
「喋り方。あの人に似ているわ。さすが兄弟ね」
「話を逸らさないでください」
「わかっているわ。私がどうやって、あなたを探し出したかって話よね。探偵の二階堂さん」
二階堂は横目でちらりと隣を歩くハルヒの横画を見たが、ハルヒは遠い目をして前を見据えていた。
「そのメガネよ。メガネはお兄さんの形見でしょ」
ハルヒは二階堂のかけていたメガネを指さして言う。
二階堂のメガネ。それは兄から譲り受けたものだった。このメガネは伊達メガネであるが、特殊な力が込められており、このメガネのレンズを通せば霊的なモノが視えるようになるといったものだった。二階堂の兄はこのメガネを通してもうひとつの世界を視ていたのだが、二階堂にはこのメガネは不要だった。二階堂は生まれつき、そういったモノが視える体質だったのだ。そのことを二階堂は兄には黙っていた。だから、兄はこのメガネを二階堂に託したのである。
「私は、そのメガネにあの人を守るための呪を施していたの。でも、あの人は最後にメガネを外してしまった……」
そうだった。兄は死ぬ間際にこのメガネをはずしていた。そのため、傷一つないメガネが兄の遺品として二階堂へと届けられたのだ。
「メガネを頼りに、俺までたどり着いたってわけですか」
「ええ……」
それだけ言うと、ふたりは無言のまま歩いた。前を歩く氷衛とヒナコはどこか楽しげな足取りに見えた。




