探偵らしい仕事(2)
買った食材を冷蔵庫に入れた後で二階堂たちが向かったのは、駅から少し離れた場所にある個人経営のレトロな雰囲気のある喫茶店だった。
相手がどのくらいで来るかわからなかったため、二階堂はホットコーヒーを注文して待つことにした。ヒナコはいつものように何を注文するか迷っているらしく、メニューとにらめっこをしている。
「どうしよう、ホットケーキ食べたいなー」
「いまガッツリ食べちゃうと夜ご飯食べれなくなるぞ、ヒナコ」
「大丈夫だよ、先生。別腹だから」
ヒナコは胸を張って言う。会話だけを聞いていると大人と子どもの会話のように思えるが、ヒナコは見ようによっては十五、六歳くらいに見えなくもないが、ぱっと見でも二十歳くらいの女性に見えていた。ただ、実際の年齢はわからない。彼女は二階堂家に代々伝わる呪いなのだ。平安の頃から存在しているとも聞いているので、人間の年齢にしたら一三〇〇歳くらいにはなっているのかもしれない。
「好きにしなさい」
二階堂はそうヒナコに言うと、コーヒーをひと口啜った。
その男が現れたのは、二階堂がコーヒーを半分ほど飲み、ヒナコが嬉しそうにホットケーキを食べている時だった。
「あの、二階堂さんですか?」
「ええ。西田さん?」
「すいません、急に電話をしてしまって」
「いえ、大丈夫です。こちらも仕事ですから。まずは一杯飲み物を頼んでください。一杯はこちらの奢りですので」
「そうですか。では、アイスコーヒーを」
西田はそう言って二階堂とヒナコの前の席にドカッと腰を下ろした。
眼の前に座る男、西田はかなりの肥満体だった。外は寒いはずなのにワイシャツ一枚で、額には大粒の汗をかいている。
「それで依頼したいということは何でしょうか」
「あの、妻が、妻が、浮気をしていると思うんですよ」
「はあ」
「あのね、私はいつもだったら、単身赴任中なんです。いまは三日間の休暇をもらって帰ってきたんです。もう、いても立ってもいられなくて」
西田は電話と同様にまくし立てるように言葉を続ける。
「あれは絶対に浮気なんです。だから、だから、証拠、証拠がほしいんですよ。明日には私は大阪へ戻らなければなりません。だから、二階堂さんに浮気の証拠を取ってもらいたいんです」
そこまで一気に言うと、西田はコップに入った冷水を一気に飲み干した。
「西田さんが奥様の浮気を疑うきっかけとなった出来事とかはありますか?」
「あるよ。毎晩、私は妻に電話をしているんだけれど、一週間前くらいから男の声が聞こえるんだ。そのことを妻に指摘すると、男なんていない、隣の家の声が聞こえているんじゃないかって言うんだ。いくら安いマンションの部屋だからって隣の部屋の話し声が電話でボソボソと聞こえてくるかっていうんだよ」
「他には何かあったりしますか?」
「あるよ。一昨日、私が久しぶりに帰ったら、なんか妻の雰囲気が違うんだ。別に髪を切ったとか化粧がいつもと違うとかじゃないんだよ。なんて言えばいいのかなあ、雰囲気が違うんだよ。それを妻に言ったけれども、気のせいじゃないかって。あとね、風呂場の排水溝に私のでもなければ、妻のでもない髪の毛があったんだ。これは妻の浮気を疑って私が排水溝を調べたんだけれど、妻の髪はストレートなんだけれども、パーマの掛かった髪が紛れ込んでいたんだ……ああ、絶対に浮気だよ、これ。お願いだ、探偵さん。妻の浮気の証拠を見つけてくれ」
喋っていて興奮してきたのか西田は鼻息荒く言うと、テーブルにぶつけるんじゃないかという勢いで二階堂に頭を下げた。
「わかりました。まずは西田さんのご自宅にお邪魔させてください」
「え、妻と会うの?」
「はい。俺のことは会社の同僚とか適当に言ってくれればいいんで」
「ああ、わかったよ。じゃあ、二階堂さんは同僚っていうことで、偶然道で会ったから連れてきたって設定にしよう。もしも、証拠を見つけたらその場で突きつけてやってくれよな」
西田はそう言うとアイスコーヒーを一気に飲み干して席を立ち上がった。
「よし、じゃあ行くか」