探偵らしい仕事(1)
空を見上げると、灰色の雲が広がっていた。この様子だと、今夜は雪になるかもしれない。そんなことを思いながら二階堂は家路を急いだ。
近所のスーパーが特売だったため、鍋の材料を買い込んできた。今夜はこたつに入って、鍋を突っつこう。いつもであれば、発泡酒で我慢しているアルコールも、きょうは奮発して小瓶の日本酒にした。この寒さだ、たまの贅沢をしてもいいだろう。二階堂は両手に抱えたスーパーのビニール袋の重さを感じながら、そんなことを考えていた。
もう少しで自宅アパートに着くというところで、数歩前を歩いていたヒナコが急に足を止めた。
何事かと思い、二階堂も足を止めてヒナコの視線を追う。すると、そこには迷い犬のチラシがあった。
『この子を探しています。もし見かけたら連絡をください。謝礼もあります』
そんな文字と共に小型犬の写真がプリントされたポスターが貼られている。
「どうかしたのか、ヒナコ」
「迷子なのかな、この子」
「そうだな」
犬にはあまり詳しくはないが、それがチワワという犬種であるということくらいは二階堂も知っていた。そのチワワは写真の中で、うるうるとした瞳でこちらをじっと見つめてきている。行方不明になった日付は三日前となっていた。
気のせいかもしれないが、ここ数日で同じような貼り紙をいくつか見たような気もした。行方不明になっている犬の種類は違っていたはずだ。
この時期に行方不明になる犬というのは多いのだろうか。そんなことを二階堂が考えていると、コートのポケットの中でスマホが震えた。
二階堂は両手に持っていたスーパーの袋を片手に持ち変えると、ポケットからスマホを取り出す。スマホのディスプレイには、見覚えのない数字の羅列が表示されている。一瞬、無視しようかと迷ったが、二階堂は指でディスプレイを操作して通話状態にした。
「はい――」
「探偵さんですか?」
「そちらは?」
失礼な突然の質問に二階堂は少し苛立ちながらも、冷静を保って問いかけた。
「西田と申します。あの依頼したいことがありまして」
電話の相手――西田と名乗った男――は慌てているかのように言葉をまくしたてる。
知らない男だった。一体、どこの誰なのだろうか。そもそも、西田などという知り合いはいない。
二階堂は探偵を生業としているが、ほとんどの依頼は知り合いからのものであった。なぜならば、二階堂は自分の探偵業の広告を打っていないからである。ネットで調べたとしても、二階堂が探偵だということはどこにも出てこない。だから、どうやってこの西田と名乗った男が自分にたどり着いたのか、二階堂は疑問を抱いていたのだ。
「どこから、この番号を?」
「あ……失礼しました。恵比寿さんからのご紹介で」
「なるほど」
恵比寿の紹介と言われてしまうと、無下に断れなかった。恵比寿は多くの依頼を二階堂に紹介してくれている人物であり、探偵としての生業は恵比寿によって支えられているといっても過言ではなかった。ただ、恵比寿経由の依頼は特殊なものが多く、それはそれで厄介であることも確かだった。
「恵比寿からの紹介じゃあ断れないな」
「ありがとうございます」
「じゃあ、ちょっと会おうか」
二階堂はそう言うと、喫茶店で待ち合わせをする約束を西田として電話を切った。
「先生、お仕事?」
「そうだ」
「探偵のお仕事なの?」
「そうだよ。とりあえず買ったものを置いてきたら出かけよう。ヒナコも行くだろう」
「うん」
ヒナコは嬉しそうに頷いた。