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メガネの探偵、二階堂  作者: 大隅スミヲ
猫鳴トンネルの怪
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猫鳴トンネルの怪(5)

 仕上げに二階堂はトンネルの中央辺りに立つと、柏手かしわでを打つように手をパンッパンッと二回ほど叩いた。トンネル内に、その乾いた音が響き渡る。

「よし、これで問題なしだ」

 二階堂はそう言うと、眼鏡を外して持ってきたカバンの中へとしまった。

「先生、終わったの?」

「ああ。これで私の仕事はお終いだよ、ヒナコ」

「良かった」

 ヒナコは笑顔で言うと、二階堂の手をぎゅっと握った。

 ふたりはゆっくりとした足取りでトンネルの出口へと向かう。

「そういえばさ、麓に温泉があるらしいよ。ちょっと寄っていこうよ、先生」

「温泉か。いいな」

 そんな会話をしながらふたりが歩いていると、また地面が少し揺れた。

 その揺れに二階堂は足を止めて、振り返る。

 次の瞬間、二階堂の身体が消えた。

「先生っ!」

 ヒナコが悲鳴に近い声を上げた。

 しかし、その声は二階堂の耳には届いていなかった。


 そこにあるのは闇だった。

 なにかヌルヌル、ヌメヌメしたようなものが手や足に触れている。

 油断大敵だった。

 あの女を祓えば、すべては解決すると思っていたのだが、そうではなかったのだ。

 二階堂は自分の愚かさを呪っていた。

 おそらく、ここはあの低俗霊たちが集まって作り上げた別空間だろう。

 すべてを祓ったと思っていた二階堂は、まだ残っていた低俗霊たちに復讐をされたのだ。

 自分の愚かさを呪いつつも、一刻も早くこの場を脱出する方法を見つけ出さなければならないと、気持ちを切り替えた。

 少し移動すると、なにかぼんやりとした青白い炎のような灯りが見えてきた。ここはあのトンネルの中であり、あのトンネルの中ではなかった。

「馬鹿な男だ」

「ああ、馬鹿な男だ」

「勝ったと思って勝手に油断したのだ」

「そうだ、油断したのだ」

 低俗霊たちの囁きあう声が二階堂の耳に入ってくる。それはとても嫌な波長であり、耳障りな音のようであった。

 二階堂は青白い炎を目指して歩きながら、口の中で真言を唱えていた。真言とは特定の宗教が使う語句ではなく、広い意味で仏の秘密の言葉というものであり、二階堂はこの真言を師から教わっていた。この真言を唱えることで、低俗な霊などは近づいてくることが出来なくなる。

 しばらく歩くと、そこには大きな体をした全裸の男が尻を地べたに着けて座っていた。男の全身は濡れているように見え、歯並びの悪い口からは何か小さな腕のようなものが無数に生え出てきている。どうやら、この男も先ほどの女同様に低俗霊の集合体のようだ。

「お……おまえ……が……きたから……ちつじょが……みだれた……」

 二階堂の姿を認めると、男が口を開く。嫌な臭いがした。それは腐敗臭だった。

「馬鹿なことを言うな。お前ら低俗霊たちが勝手にこのトンネルに住み着いて秩序を乱していたんじゃないのか。そもそもお前らに秩序なんてあるはずがないだろ。どこで覚えたんだ、その言葉」

 小馬鹿にするように二階堂が言う。低俗霊は挑発すれば、必ずその挑発に乗ってくるはずだ。

 案の定、男は二階堂の挑発に乗ってきた。

「だ、だ、だ、だ、黙れっ!!!!!!!」

 男は大きく口を開けると口の中から無数の低俗霊たちを吐き出す。

 それは二階堂にとって想定外なことだった。無数の低俗霊たちはなにか粘液のようなものに包まれており、二階堂の身体にまとわりついてくる。

 二階堂は真言を唱えていたが、低俗霊の体を包み込むようにしている粘液のせいなのか、真言が通用せず、低俗霊たちは二階堂の身体の中へと入ってこようとした。低俗霊が身体の中に入ってくると、精神が徐々に崩壊していき、自分が自分では無くなっていく。二階堂はそれを知っていたため、何とか自分を保とうとした。

 相手が低俗霊だと馬鹿にしていた。それは認める。だから、油断したのだ。だから……だから……だか……


「先生っ! お前ら、先生から離れろっ!!!!!!」

 トンネル内に響き渡るヒナコの声。

 その声に低俗霊たちは反応し、一斉にヒナコの方へと向かっていく。

 よせ、ヒナコ……。

 半分低俗霊に身体を侵食された二階堂は、ヒナコの方へと目を向ける。

 低俗霊たちは我先にとヒナコの身体へと集まっていき、その身体を乗っ取ろうとヒナコの中へと入っていく。低俗霊たちが入っていくと、ヒナコの顔は少し歪み、そして快楽に落ちたかのような恍惚の表情を浮かべる。

 ダメだ、ヒナコ……。


「低俗な者たちよ、に寄ってくるなど、無礼であろう」

 そう声が聞こえたかと思うと、蒼い光がトンネル内に乱反射する。

 蒼い光は低俗霊たちを飲み込んでいき、まるで蒸発させるかのようにその場から消し去っていった。

「貴様がこの不細工なトンネルを作った張本人か?」

 蒼い光に包まれた髪の長い女性は、巨大な全裸男に声を掛けると、男の返事を聞く前に、男の頭へ掌をかざした。

「あ……」

 男が口を開こうとした瞬間、その掌は男の頭へと叩きつけられていた。ビンタ。そうにも見えたが、威力はそんなものではなかった。男の頭蓋骨が凹み、その圧力で眼球が飛び出し、歯が唇を突き破る。そして、そのまま地面の中へと埋まっていってしまった。

 完全にトンネル内から低俗霊の気配は消えていた。


 しかし、いま最も厄介なのは、この女である。


 二階堂はため息を吐くと、ゆっくりと立ち上がって女の前へ進み出た。

「ヒナコ、ありがとう。助かったよ。もう大丈夫だ」

 そう優しい声を掛けるが、蒼い光に包まれた女――ヒナコは眼窩が黒く染まった目でこちらをじっと見つめるだけだった。

 二階堂はそっとヒナコのことを抱きしめる。そこには強い呪力があり、二階堂の身体の中に様々な怨念のようなものが流れ込んでくる。


 ヒナコの正体。それは平安の頃から存在している()()だった。その呪いは二階堂家が代々に渡って管理してきており、二階堂自身も先代であり、師であった兄から受け継いだモノだった。

 強い呪いであるヒナコは身体を女性へと擬態化させ、現世に存在しているのである。

「大丈夫だよ、ヒナコ」

 二階堂はそう囁くように言う。

「良かった。先生、無事なんだね」

「ああ、ヒナコのお陰で助かった」

「そっか」

 ヒナコがそう呟くように言うと、その身体はもとの背が小さく華奢な少女のようなものへと戻っていくのだった。

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