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メガネの探偵、二階堂  作者: 大隅スミヲ
猫鳴トンネルの怪
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猫鳴トンネルの怪(3)

 猫鳴トンネルにまつわる噂――

 これは数年前の話だ。

 麓の街には女子大があるため、歓楽街には若者たちが集まっていた。大勢の若者が集まると、良からぬことを考える人間も出てくる。特にこの麓の街にある女子大はお嬢様学校としても有名な名門大学であり、その女子大生を目当てに集まってくる連中もいたのだ。

 そんな中、ひとりの男が女子大生のナンパに成功して、ドライブに出掛けることとなった。男の車は高級外車であり、男の言葉巧みな話術に騙された女子大生は男の車に乗り込んでしまったのだ。もちろん、車は男の持ち物ではなかった。こういった高級外車をレンタルしてくれる店があるのだ。男は女子大生を乗せた車で、山道を走った。とても夜景が素晴らしい場所があるのだと言って。

 しばらく車が山道を走っていると、助手席にいた女子大生が「帰りたい」と言い出した。何かがおかしいということに気づいたのだ。

 しかし、男は車を停めることはしなかった。そのまま、山道を走り続けて猫鳴トンネルの前までやってきた。男はそこでようやく車を停めた。そして、女子大生に言い放った。

「ここで降りて自分の足で帰るか、一緒に車でこの先にある場所まで行くか、どっちかにしろよ」

 男の口調はそれまでの猫なで声とは違い、女子大生を脅しかけるようなものへと変わっていた。

 そこで初めて女子大生は自分の愚かさに気づいたのだ。最初から男は、人のいない場所へと自分を連れて行って、良からぬことをしようと企んでいたのだ。

 女子大生は男の恐ろしさと、自分の愚かさで、泣きはじめた。

 それがいけなかった。

 男は泣きはじめた女子大生の様子を見て、激高した。

 これじゃあ、まるで自分が悪人みたいじゃないかと怒鳴り散らし、ついには女子大生の頬を張り飛ばした。女子大生は必死に謝って、許してほしいと懇願したが、男は聞く耳を持たなかった。男は女子大生の髪の毛を掴み、何度も、何度も、顔を殴りつける。最終的には男が殴ったことで女子大生の髪の毛がごっそりと抜け、女子大生の顔は原形も留めぬほどに変形してしまっていた。

 それでも男の気は収まらなかった。男は女子大生が気を失うまで首を絞め続け、気を失ったところで担ぎ上げて猫鳴トンネルの中に放り込んだ。そして、持っていたジッポーライター用のオイルを女子大生にかけ、火をつけたのだ。

 オイルの量が少なかったということもあり、炎は燃え広がることは無かったが、気を取り戻した女子大生は慌ててアスファルトの地面の上を転げまわり、自分についた火を消した。この火のせいで女子大生は顔に火傷を負い、顔の皮膚はボロボロになってしまった。

「全部、お前が悪いんだからな」

 男はそう言うと、再び女子大生の首を絞めて殺害しようとした。

 その時だった。

 背後から光が迫っていた。大型トラックがこちらに向かってきていた。

 助かった。

 女子大生はそう思ったが、待っていたのは絶望だった。

 トラックの運転手は居眠りをしていた。

 そして、トラックはブレーキを踏むことなく、女子大生と男のふたりを轢き殺した。

 その後の警察の調べでは、トラックはトンネルを出たところにあるガードレールに衝突するまで止まることなく走り続け、女子大生と男は九〇〇メートルほどの距離を引きづられていたそうだ。

 ふたりはもちろん、即死だった。

 あまりにもふたりの損傷が激しかったため、ふたりは身元不明の男女とされた。

 なぜ、女子大生と男の身元を警察が突き止められなかったかといえば、女子大生の身分証などはすべて男によって取り上げられて燃やされてしまっていたし、男の方はすべてを偽装しており、自分の身分証などは一切持っていなかったためだった。借りた車も偽名で借りられていたのだ。

 それから数週間後、女子大に通う生徒がひとり行方不明になっているということで、ようやく女子大生の方の身元は判明することとなった。

 しかし、男の方は依然身元不明のままであり、話は飛躍して男は女子大生の婚約者だったというような噂が流れだした。ふたりの愛は永遠に。そんな間違った情報が流れ、事故現場には『天国へ行っても幸せにね』などという言葉をかける人もいるほどだった。

 そして、それから数年後、猫鳴トンネルで幽霊が出るという噂話が麓の街で囁かれるようになった。出るのは、男と女の幽霊であり、そのふたりの幽霊がドライブ中のカップルの車などを襲うのだという。

 さらには、麓の街で男女の客を乗せたタクシーが猫鳴トンネルを通ると、その客がいつの間にか消えていたという怪談話のようなものまでも出てきたそうだ。


「それで、俺は何を調べればいいんだ、恵比寿」

「簡単なことだよ。その噂の真相を確かめてくれればいい。良からぬ噂が立っているってことで地元の観光協会の人間が困っているのだそうだよ」

「ふーん、幽霊騒動で町おこしってわけにはいかないのか」

「事件が事件だっただけにね」

「というか、その事件も本当にあったかどうかはわからないんだろ」

「さすがは二階堂。探偵の鏡だね。そうなんだ、色々と調べてみたけれども、そんな事件はどこにも存在しない」

「なるほどね。まさに風評被害ってやつか」

「でも、火のない所に煙は立たぬとも言うから、何かあったんじゃないかな」

「わかった。引き受けよう」

 二階堂がそう言うと、隣に座っていたヒナコが目を輝かせながら二階堂のことを見た。

 その目には、もちろん助手であるわたしも連れて行ってくれるんだよねと書かれていた。


 ――――それが一昨日の午後のことだった。

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