第9話 病み始め
「ハッキリ言おう。お前達は騙されている」
俺がそう言うと二人は、きょとんとした顔をしているように見えた。
まあ無理もないか。今まで信じていたものをこんなワケのわからん奴に否定されて、すんなり受け入れるなんてできないよな。
俺の言葉を聞いて、最初に口を開いたのは桜野さんだ。
「誰に騙されているっていうの?」
「その質問の答えは、お前達が魔法少女になったきっかけを思い出せば分かる」
別にすぐに答えを言ってもいいんだけど、こういうのは他人があれこれ言葉で伝えるよりも、本人達の記憶をたどりながら伝えるほうが納得感が大きくなるはずだ。
「私達が魔法少女になったきっかけ……」
桜野さんがそう呟き、二人の目線が左上を向いた。
おそらく、年月が経ちもはや遠くなってしまった記憶を呼び起こそうとしているのだろう。
「お母さんが大病にかかってしまって、完治は難しいって……」
「私の場合は妹だったわね……」
「そうだな。だが今は二人とも元気にしているんじゃないか?」
当然、俺はその二人が元気だということを昼休みに聞いて、知ってることになっている。だからここは俺だと勘づかれないよう、あくまで知らないという設定で通す。
「うん、私のお母さんは元気だよ」
「私の妹も元気にしているわ」
「それはよかった。では聞くが、二人が元気になったのはなぜだ?」
「えっと、黒い猫のような、ウサギのような、可愛い動物が目の前に現れて……」
「私も桃華と同じよ」
「ではその動物に何と言われたか覚えているか?」
「もちろん覚えてるよ。『世界を救う手助けをしてほしい』って言われたの」
そう、『世界を救う』。俺だって実際に、あの腹黒マスコットから言われた。
でもあいつが言う『世界』とは、『この世界』のことじゃない。『あいつの世界』のことだ。
実はあの腹黒マスコットは、こことは違う異次元の住人で、今あいつの世界は存続の危機らしく、人間の負の感情のエネルギーが大量に必要なんだとか。
だからこの世界の少女の弱みにつけ込んで、魔法少女にならざるを得ないように仕向けた。
つまり、あいつの目的は完全なる私利私欲。自分が住む世界のためなら、この世界の少女がどうなっても構わないという考え方。
「世界を救う手助けをしてほしい」。ただし、『この世界』だとは言ってない。
世界を救うと言われて、実はそれが自分の住む世界のことじゃないなんて、果たしてどのくらいの人がそこに気がつくというのだろう?
ネットには、『あいつが意図的に怪異を発生させてるんじゃないか?』なんて考察もある。
俺はその他の事情も二人に説明した。説得しようとしているんだから、全てを話すべきだと考えた。といっても、さすがに俺が転生者だとは伝えていない。
「だからあの宝石はもう使ってはいけない。最終的にはお前だけが犠牲になるんだぞ」
「急にそんなこと言われても信じられないよ。私からすれば君だって十分に怪しいんだよ? でも助けてくれてありがとう!」
(言葉だけでは信じてもらえない、か……)
純粋が故に、自分の信念に揺らぎが無い。強い心を持っている女の子。あの宝石を託されるのも納得だ。
改めて二人の様子をうかがってみる。俺を見る桜野さんの表情は今まで見たこともないほどに力強く、「嘘を言わないで!」という言葉が聞こえてきそうなほどだ。
桜野さんですらそうなんだから蒼月さんなんて、ゴミを見るような目で俺を見てるんだろうなぁ……。
俺は恐る恐る蒼月さんの表情を見てみることにした。
するとそこには予想に反して、少し俯いて、弱々しい印象の蒼月さんがいた。
え……? あれ? これはもしかして、心の中では「もしかしたら本当かも?」なんて、葛藤してるパターンだったりする?
えっと、イケるのか……!? そうか、これはつまり——
(埋めろというのか、外堀を……っ!)