第70話 飾りなんてない
「実は俺、ナイトなんだよ」
緑川さんと二人きりで行った夏祭りの帰りに立ち寄った公園のベンチで、俺はそう告白した。
「えっ、ナイトって……。あの、それは本当なんでしょうか?」
「うん。俺はみんなと一緒にハラグロと戦っていたんだ」
そう言ったはいいものの、「ずっと騙していたと思われたらどうしよう」、「もしかしたら嫌われるかも」。心のどこかではそうなるかもしれないことを考えてしまい、まだ緑川さんの顔を見れずにいる。左を向けばいいだけなのに、そんな簡単なことができない。
「あの、私と一条さんが初めて会った日のこと、覚えていますか?」
「もちろん覚えてるよ。みんながいるカフェの前を俺が偶然通りかかったんだよね」
俺は前を向いたままそう答えた。
「はい。そしてあの後、怪異が出ました。あの時よりもずっと前に、一条さんは私達を守ってくれていたんですね」
「うん、そうだね。でもあの時はまだ正体を明かすわけにはいかなかったんだ」
「そう、だったんですね……! それでその後、私と一条さんの二人でお父さんの誕生日プレゼントを買いに行きました」
「あの時は驚いたよ。まさか緑川さんから誘ってくれるなんて」
「あっ、あれは桃華さんに背中を押してもらって……」
「俺は嬉しかった」
「あのっ……!? そんなこと言われると私っ……!」
俺の口から、自分でも驚くほどにスッとその言葉が出た。
「あのっ、そのっ……! それでその時に怪異が出たんです。でも私は一人じゃなかった。ナイトさんがそばにいてくれたから」
「それも俺だったんだよ」
「私、あの時はまだナイトさんのことがすごく怖かったんです」
「不気味な格好してる自覚はあったんだけど、やっぱり言えなかったんだ。怖がらせてごめん」
「いえっ! 謝らなくて大丈夫ですっ! 確かに最初は怖いなと思いましたけど、一緒に怪異と戦っていくうちに、なんだか安心できるなって思ったんです」
あの時はダンジョンと化した怪異の中から二人で脱出することになったんだ。
そして確かに最初は緑川さんが怖がっていた。だけど一緒に進むうちに、少しずつ心を開いてくれているのが分かったんだ。
「うまくは言えませんけど、私を守ろうとしてくれているのが伝わってきたんです。それはつまり一条さんがそう思ってくれていたということで合ってますか……?」
「うん、それで間違いない」
「あの、それって私が魔法少女だったからでしょうか……?」
「魔法少女だからじゃないよ。怪異が出る前に二人で買い物をして、緑川さんのことを少し知ることができて、俺自身がもっと緑川さんと仲良くなりたいって思ったんだ。たとえ緑川さんが普通の女の子で俺がナイトではなかったとしても。それにあの時、俺にナイトとしての力があって本当によかったと思ったんだ。そのおかげで緑川さんが無事だったんだから」
ここで俺はようやく緑川さんのほうを見ることができた。すると緑川さんはすでに俺を見ており、緑川さんが静かに口を開いた。
「やっと見てくれた……! あの……、一条さんには今の私がどう見えていますか?」
「一人の女の子として見てるよ。ナイトとして魔法少女を見てるわけじゃない」
そうだ、もうナイトとしての役目は終えた。だからこれからは怪異と戦うなんてことは考えなくていい。
「だから俺は普通の高校生として、緑川さんとまた会いたいなと思うよ」
「嬉しい……。私、やっぱりあの時勇気を出して一条さんを誘ってよかったです……!」
「うん、誘ってくれてありがとう……! それでその、俺からも聞きたいんだけど……」
「はい、なんですか?」
「俺がナイトだってことを隠してて、結局のところはみんなにずっと嘘をついてたことになるんだけど、それはいいの? それについては責められるべきことだと思ってるんだ」
「えっ? それだって一条さんが私達を守ろうとしてくれていたってことですよね? だったらお礼を言うことはあっても責めることなんて一つもありません!」
そう言った緑川さんの声は力強く、その瞳は真っ直ぐに俺をとらえているようだ。
あぁ、ダメだ。もともと今日にするつもりだったけど、こんなにも早く伝えたくなるなんて。
俺は魔法少女が好きだ。アニメを観るたびにいつも応援していた。だけどそれは絶対に会えない存在なんだと分かっているからこそで、恋愛が成就するなんてことはない。そう割り切っていた。
だけど今、目の前には確かに一人の女の子がいる。ここはアニメの中の世界だけど、間違いなく意思を持って生きている女の子。だったらそれはもう現実なんだ。
俺は転生前では女の子と無縁の日々を送ってきた。経験なんて無い。
だから小細工はしない。できないと正直に言ってもいい。でも細工なんてしなくてもいいじゃないか。きっとそれが飾らない言葉というものなんだ。
「緑川さん!」
「はっ、はいっ……!」
「好きです! 付き合ってください!」
「えっ……!? あっ、あっ、あのっ! 喜んでっ……!」
急な告白に、いつもみたいにとまどいながらもすぐに返事をくれた女の子。
俺の中で緑川さんがずっと守りたい女の子になった瞬間だった。