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第69話 俺、攻略されそうになる(二回目)

 もしも今、女の子が複数出てくるアニメを観ているとする。例えば同じ学校の女の子達だったり、五人姉妹だったり。その中で誰が一番自分のタイプなのか、考えることが男ならあると思う。……きっと俺だけじゃないよね?


 俺が転生したこの魔法少女アニメには四人の女の子が出てくるわけだけど、日本にいた時に、誰が一番俺のタイプなのか考えながら観ていたんだ。


 そして俺は今、その子と待ち合わせをしている。時刻はもうすぐ夜6時。

 だけど空はまだ明るく、あと6時間で日付が変わるというのに、今日という日がまだまだ残っていると錯覚してしまいそうになってしまう。


 行き交う人々をなんとなく眺めると、浴衣を着ている人の姿もチラホラと目に入る。

 その中からこっちに近づいて来る女の子の姿を見つけた。


「遅れてごめんなさいっ! どうしよう、せっかく誘ってくれたのに遅刻なんて……」


 慌てた様子で申し訳なさそうにそう言ってくれたのは、緑の髪色をした元・魔法少女。

 別の高校に通う高校一年生で、俺より一つ年下の控えめな女の子だ。


「大丈夫、全然遅刻じゃないよ」


「ホントですか? よかったぁ……!」


 緑川さんは胸に手を当てて、安堵の表情を見せてくれている。


 今更というか、俺がこのアニメを観ていて『いいな』と思っていた女の子とは、目の前にいる緑川さんだ。

 俺にとっては、憧れの中のさらに憧れの存在と言ってもいい。いわば推しが目の前にいる。


 魔法少女達は四人ともに違った魅力がある。そして実際に接してみて、アニメで抱いた印象通りの人柄だったんだ。つまりは裏表なんて無い。……まあ蒼月(そうげつ)さんには驚かされたけど。


 それを知った俺は、ますます魔法少女達が好きになった。そして応援したいと。

 だけど緑川さんに対してだけは、また違った感情が俺の中にある。


 それはそれとして俺の頭の中では今、必死に言葉を探している。それは緑川さんを褒めるための言葉。なんと浴衣を着ているのだ。


 薄いブルーに花がデザインされている浴衣。緑川さんの肩まであるゆるふわな髪にとてもマッチしており、なんだか見ているだけでも涼しさを感じるかのよう。


(どうしよう……。シンプルに「似合ってるよ」にするか? それとも「可愛い」って言うか? いっそのこと何も言わないでおくか?)


 いくら考えても俺の相談相手は俺しかいないので、結局は答えが出ない。


(あれこれ考えると失敗しそうだ)


 俺はこういったことに不慣れだ。だったらヘタに取り繕ってもボロが出るだけ。もう深くは考えず、シンプルにいこう。


「その浴衣、似合ってるね」


「あっ……、ありがとう、ございます……!」


 緑川さんはそう言うと下を向いてしまった。魔法少女達の中で一番小柄なので、こうなるとその表情を見ることはできない。


「よかったぁ……!」


 だけどポロッと漏らしたその一言だけで、どんな表情をしているのか察しがつく。

 こういった何気ないことにでも喜んでくれる。俺は緑川さんのこういうところが好きだ。緑川さんは控えめなだけであって、決して感情を表に出さないわけじゃないんだ。


 それは俺にも当てはまるんじゃないかなーと思う。ハラグロには本気で腹が立ったし、アニメを観てうるっときたこともある。


 日本にいる時に『おとなしい』なんて言われてきたけど、おとなしいことが悪いことなワケがない。

 なのにネガティブな意味で使われることが多いように俺は思ってるんだ。……まあ今考えることじゃないな。


 そして俺と緑川さんは、人の流れに身を任せるかのように夏祭り会場まで進む。


 やがて露店が見え始め、一気に夏祭りムードが強まってきた。足を止める人も多くおり、熱気がものすごい。


()っついなぁ……。よく見ればカップルが多いじゃないか。だからアツいのか)


 なんてしょうもないことを考えつつ、俺と緑川さんもそう見えているんだろうかと気になった。


「何か食べたいものとかやりたいことはある?」


「あの、えっと、一条さんが好きなものがいいです」


「え、俺の? それだと全部になるから、緑川さんが好きなものを知りたいな」


「全部でも大丈夫、です。こうして二人で歩くのも好きですけど、一条さんともっといろんなことを共有したいなって……」


(やっぱり俺、攻略されそう……)


「そっか、分かった。それならまずはかき氷からかな」


「はいっ!」


 辺りを少し見回すとかき氷の屋台が見つかったので、向かおうとした俺はハッと気がついた。緑川さんに左手を差し伸べていたからだ。

俺は無意識のうちに緑川さんと手を繋ごうとしていたらしい。


(あ、危なかった……。いきなり手を繋ごうとするなんて、ヘタすればドン引きされるぞ)


 低い位置だったからなのか、緑川さんがそれに気がついた様子はない。


「さあ、行こうか緑川さん」


 俺はまるでごまかすかのように声をかけた。


「あっ、あっ……! は、はい……! 行きましょう! 行きましょうー!」


 普通に声をかけたつもりだけど、緑川さんはなぜか慌てていた。


 それからも屋台を回った後、花火の時刻が近づいてきたので会場へと向かう。


 さらに多くなる人。それに比例して騒がしくなる周辺。声が小さい二人にとっては厳しい環境だ。

 だけど花火が始まると、そんなことは気にならなくなった。


 隣に緑川さんがいる。そして目が合い笑い合う。この時間に言葉なんていらないんだ。

 そして一際大きな花火と歓声が上がった後のわずかな合間に、緑川さんが俺に向かってこう言ってくれた。


「私、今日が特別な夏休みになりました!」


「それは俺もだよ」


 俺の返事とほぼ同時に再び花火が上がった。果たして俺の言葉は届いたのだろうか?


 俺は告白をしなければならない。そう、しなければならないんだ。それはまるで義務のような告白。だけど避けてはいけない告白。


 花火が終わり人々が帰り始めるなか、俺と緑川さんもその流れに乗る。

 花火が終わったとはいえ、まだ屋台はやってるので人の姿は多い。


「俺、緑川さんに伝えないといけないことがあるんだ」


「えっ……? えっ? 私に、ですか?」


 果たしてこのタイミングと場所でいいのかは分からない。俺には雰囲気を作り出すことなんてできない。だけど俺なりに考えたつもりだ。


 慌てる緑川さんに落ち着いてもらった後、公園へと移動した。

 会場から近くて街灯があって明るく、近くには帰る人達の姿も見えるため、緑川さんに危険を感じさせることなく程よく二人きりになれる場所。


 二人でベンチに座り、俺は正面を向いたまま左に座っている緑川さんに話し始めた。


「今日は大事な話があるんだ」


「はっ、はいっ……! なんでしゅ……なんでしょうか……!?」


「実は俺、ナイトなんだよ」


 もう回りくどい言い方はやめた。不思議と緑川さんには言葉が少なくても、伝わるような気がするんだ。


「えっ、ナイトって……。あの、それは本当なんでしょうか?」


「うん。俺はみんなと一緒にハラグロと戦っていたんだ」


 きっと緑川さんならすぐに理解してくれる。俺はそう思いながらも、まだ緑川さんの顔を見ることができなかった。

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