第66話 ギャルと二人きり
今日は夏休み初日。桜野さんから誘われて、三人で夏休みの宿題をするということで蒼月さんの家に集まっている。
時刻は夜8時。俺は帰る前に自分がナイトであることを打ち明けた。
小一時間ほど説明をして、桜野さんには納得してもらえたと思う。そしておそらく蒼月さんにも。
「おじゃましました」
桜野さんは泊まるということで俺だけが玄関に立ち、見送ってくれている二人にそう告げた。
「昨日の夜に誘ったのに来てくれてありがとうー」
桜野さんはいつものように明るく振る舞ってくれている。
それから蒼月さんのほうを見ると、パタパタという足音が聞こえてきた。
「一条さん、もう帰っちゃうのー?」
そう言ってくれたのは、蒼月さんの妹さん。青髪ポニーテールの小学五年生。確か二人が瑠奈って呼んでいたっけ。
別れを惜しんでくれるのは嬉しいけど、朝10時すぎから夜8時までガッツリ居て、しかも一緒に恋愛ドラマを観て、夕食に二人の手作りカレーまで食べた。
妹さんはその場に居なかったとはいえ、「もう帰っちゃうのー?」なんて言われたら、もう泊まるしかなくなると思うんだ、俺は。
「そうだね。もうこんな時間だし、むしろ長く居すぎたかなって思ってるよ」
「えぇー、そんなことないよー? 一緒にお話しできて楽しかったよ」
「そう? ありがとう」
話って言っても二人がカレーを作ってる間にこの子が部屋に来て、それからちょっと話しただけなんだけど。「お姉ちゃんのことが好きじゃないの?」って聞かれたんだ。
それに「お付き合いするなら一人じゃないといけない」とも言われた。
俺が小五の時ってそんなこと考えたこともなかった。恋愛ドラマの影響なのかな?
再び蒼月さんを見ると、その瞳は真っ直ぐに俺を捉えているようだった。白Tシャツにベージュのハーフパンツという意外にラフな服装で、いつもとは雰囲気が違う。
「あの、蒼月さん?」
「何かしら?」
「いろいろありがとう」
俺はお礼を伝えた。蒼月さんの協力なしには桜野さんを説得できなかったことは間違いない。
謝ることも大事だと思うけど謝ってばかりだと、まるで「気にしないで」と言ってほしいみたいで気を遣わせてしまうと思ったんだ。
「どういたしまして」
蒼月さんが淡々と言う。その表情からは何を考えているのか読み取れないけど、いつもの蒼月さんと同じだと思った。
翌日の昼。俺はスマホを手にして、メッセージアプリである人にメッセージを送信するつもりだ。
その人とは陽山さん。俺より一つ上の高校三年生で、簡単に言うと金髪ギャル。
俺にとってはもうギャルってだけで遠ざかりたくなるけど、それは大いなる偏見だった。
面倒見がよく、話を真剣に聞いてくれる。そして仲間を大切にする人。
次は陽山さんに正体を明かすつもりなので、できれば直接話したく、メッセージを入力する。
『一条です。急にすみません、お話ししたいことがあるので、少しだけ会って話せませんか? 都合のいい日を教えてもらえると助かります』
デートのお誘いみたいにならないように、考えつく限りの硬い文章で送信した。時刻は昼なので、一応は時間帯も気にしたつもりだ。
女性にメッセージを送るのって難しい。なんだか恋愛って大変そうだなぁ……。
それから五分後、返信が届いた。
『デートのお誘いじゃん!』
そうだった、陽山さんは冗談めかしてこんな感じの返事をする人なんだった。これはきちんと返信しないと。
『いえ、違います』
『めっちゃ真面目じゃん! ちゃんと分かってるから大丈夫だってー! それでどこに行けばいいの?』
『どこにって、もしかして今からですか?』
『私はそう思ったんだけど、違うの?』
『俺は今からでも大丈夫です』
『それじゃ今から準備するからね』
予想に反して今からということになった。俺としてもできるだけ早く打ち明けたいと思っていたんだ。
ジーンズのポケットに財布とスマホを入れて、陽山さんが住む街まで電車で向かう。陽山さんと緑川さんとは学校が違うため、生活圏が少し違っている。
改札を抜けると、そこには陽山さんの姿があった。
「一条君、二日ぶりだねー」
陽山さんと会うのは二日ぶり。ハラグロを倒した時以来だ。なので会ったばかりともいえる。
「お久しぶり? です」
「あははっ、私に聞いちゃう感じ? ああー、でも分かるなぁー。二日って長いような短いようなって感じだよねー」
陽山さんはそう言って明るく共感してくれる。俺が知ってるいつもの陽山さんだ。
駅を出た俺と陽山さんは肩を並べて歩く。俺の緊張が伝わったのか、その途中にもいろいろと話しかけてくれて、いつも助けられているなと改めて思った。
そして約束のカフェへと入った。俺の中でのカフェのイメージといえば、おしゃれな人が行くような場所で、入ることに少し抵抗がある。
そんな俺がまさかギャルと二人で来ることになろうとは。でも前にもアミューズメント施設に二人で行ったんだった。あの時はアニメの通り陽山さんが怪我することを防ぐためだったっけ。
対面して座った俺達は注文を済ませようとしたが、少し時間がかかってしまった。その原因は俺。まさかコーヒーにあんなに種類があるだなんて。もっといろんなとこに出かけて世間を知らないと。
「それで今日はなんの用事なのかなー? 私に話したいことがあるんだっけ?」
「はい。変なことを聞くようですけど、陽山さんは『ナイト』って知ってますか?」
「うん、知ってるよ。一条君でしょ?」
バレてた。