第63話 ヤンデレかどうか分からない
二階にあがって右奥の部屋に蒼月さんが入っていった。どうやらそこが蒼月さんの部屋らしい。
広さは12畳くらいで広々としており、白を基調としているようで、フローリングの床にはローテーブルや二人がけのローソファー・ラック・本棚などが置かれている。
それらのデザインはいかにも女の子らしく、どれも可愛らしい。
学習机とイスも置いてあるあたりが、高校生の部屋だなーという感じだ。
勝手なイメージながら、蒼月さんはもっとシンプルでスッキリとした部屋なのかと思ってたから少し意外だった。
そして見つけてしまった、ベッドを。白いシーツに枕カバー。少しの乱れもないところが清潔感をより一層高めている。
蒼月さんはいつもここで寝てるのかぁ。なんてことは考えなかった。……少ししか。
「それじゃ早速はじめよっか!」
「そうね、適当なところに座っていてくれるかしら」
何やら二人の間ではそれで通じ合っているらしく、蒼月さんだけが部屋を出て行き、桜野さんはローソファーに座った。
「一条くんも座るといいよ」
そう促されたので、どこに座ろうかと見回すと、桜野さんの隣が空いているのを発見。ローソファーは二人がけだ。
(隣……。いや、そんなわけない)
しれっと隣に座ろうかと思ったけど桜野さんはともかく、蒼月さんに見られたら無言でグーパンチをされそうだ。
桜野さんからもドン引きされるかも。桜野さんに嫌われるなんて、ある意味激ムズじゃないだろうか。もしそうなるとショックで立ち直れない。
結局、俺は敷いてあるフカフカマットの上に座ることにした。といっても桜野さんとローテーブルを囲むかたちになっている。
「早速宿題を始めるってわけだ」
「もちろんそれもあるけど、まずは先にすることがあるんだよ」
桜野さんがそう言ってバッグから取り出したのはお菓子。ポテトチップスやらチョコレートやら選び放題だ。
そして蒼月さんが戻って来た。両手におぼんを持っていて、その上には1.5リットルのコーラ一本と空のグラスが人数分乗せられている。
蒼月さんはそれらをローテーブルに置き、全部のグラスにコーラを注いだあと、「どうぞ」と言って全員の前に置いてくれた。
(まさか俺のグラスにだけ睡眠薬とか入ってたりしないよな……?)
俺の脳裏に今まで読んだラブコメWeb小説が蘇る。今の蒼月さんの状態、なんだっけ? えっと確か……そうだ、ヤンデレだ。なんかずっと怖いんだよ……。
間違った認識かもしれないけど、ヤンデレとはそういう行動をするものだと勉強した。
(いやいや落ち着け! 蒼月さんがそんなことするわけないじゃないか)
グーパンチされそうに続いて、俺はまたしても失礼なことを考えてしまっていたことを反省した。本当に申し訳ない。
そして蒼月さんは当たり前のように桜野さんの隣に座った。
(もし俺が座ってたらマジでぶん殴られてたかも……)
「さあ、はじめようー!」
桜野さんの元気な掛け声とともに何かが始まった。少なくとも宿題じゃなさそうだ。
蒼月さんは何かのリモコンを取り出し、二人から見て正面にあるテレビに向けて操作した。俺の位置だと体を少し左に向けて見ることになる。
そして画面に映し出されたのはドラマ。しかも恋愛もの。なんか話題になってるやつだ。俺が知ってるのはその程度で、正直言って俺は全く興味がない。
ところが二人は画面に釘付けといった感じで、飲食をしながらまるで映画を観てるかのように夢中になっている。特にやることも無いので一応、俺も観てみることに。
どうやら複数人の若い大人の恋愛を描いた作品のようで、よく分からんけど一人の男が一人の女性からめちゃくちゃ責められている。なんか思わせぶりがどうとか。
男の方がその気も無いのに、女性に気がある素ぶりをしていたってことかな。だから女性は本気だったが故に激怒した。そんなところか。
(あれ……もしかして俺も蒼月さんに対してそんな感じになってる……?)
だとしたら非常にマズい。一刻も早く謝罪と説明を……! しかも蒼月さんがヤンデレだなんて、俺はなんて失礼なことを考えていたんだ。
蒼月さんが飲み物に変なものを入れたり手を出してきたり、そんなことするわけないのに。
そしてドラマが終わり、桜野さんが口を開いた。
「さっきのは男の人が悪いよね。思わせぶりだっけ? その気が無いならあんなこと言っちゃダメだよー。でももしかしたら男の人にも悪気は無かったのかもしれないのかなぁ?」
そうだよ、さすが桜野さん。俺は決して悪気があったわけじゃないんだ、きっと分かってもらえる。
「氷奈はどう思う?」
桜野さんグッジョブ。どうやら蒼月さんの考えが聞けそうだ。すると蒼月さんは無表情でボソッと一言。
「許せるわけないじゃない」
(ひぃ……)
感情を……、感情をください……! いっそのこと怒りの表情のほうが分かりやすくてマシかもしれない。何考えてるか分からないのが一番怖い。
蒼月さんの家に来てからわずか一時間ほどで俺の自信がふき飛んだ。