第62話 経験値ゼロのまま女の子の部屋へ
翌日になった。今日は桜野さんと一緒に蒼月さんの家に行き、夏休みの宿題をする。
昨日ハラグロを倒して、今日は夏休み初日だ。心配ごとが片付き、夏休み初日から女の子の部屋に入るという、本当なら飛び跳ねて喜ぶ場面。だけど俺には大事な任務がある。
(ナイトのこと、蒼月さんに説明しないと)
たった一言、「実はナイトは俺だったんだ。黙っててごめん」と言うだけの簡単なお仕事。
友達を相手に緊張することもないだろう。蒼月さんも優しい子だから、きっと分かってもらえるさ。
時刻は朝10時。俺は元・魔法少女達の家を知らないので、桜野さんと待ち合わせをしている。俺は桜野さんの家の最寄り駅まで電車で移動した。
そして改札を抜けると、俺に気が付いた桜野さんが手を振ってくれている。
まるで小旅行にでも行くかのような大きめのバッグを持っており、服装は白のワンピースで、桜野さんのショートボブのピンク髪との相性は抜群だ。やっぱり可愛いな。
「一条くん、急な連絡だったのに来てくれてありがとう」
「こちらこそ誘ってくれてありがとう」
蒼月さんの家はこの駅から歩いて行ける距離ということなので、桜野さんと肩を並べて広い歩道を歩く。こんな経験、もし転生してなかったらこの先一度でもあったかどうか……。
「確か蒼月さんの家に行く話って、昨日学校帰りにしてたよね」
桜野さんと蒼月さんが、イチャつきながらそんなやり取りをしていたことを思い出した。
「うん、そうだよ。ホントは昨日にしようかなって思ってたんだけど、昨日はあれから忙しくなっちゃって」
さすがの桜野さんも、ハラグロとの決着のあとすぐに遊ぶ気にはならなかったんだろう。
「じゃあ今日は蒼月さんの家に泊まるんだ?」
「そうだよ。もう楽しみすぎていろんな物いっぱい持ってきちゃった」
桜野さんはそう言って、肩にかけているピンク色のバッグをぽんぽんと叩いた。
泊まりなら着替えも入ってるはずだよなぁ、なんてことは考えなかった。……少ししか。
桜野さんと雑談をしているうちに、いつの間にか蒼月さんの家に着いたようだ。
洋風の外観をしている二階建てでモダンなデザインの、まるで外国にあるような家。
庭も広くて、花壇があり駐車スペースもある。庭だけでもちょっとした遊びができそうなほどだ。
二人でドアの前に立ち桜野さんがインターホンを鳴らしてしばらくすると、ガチャという音が聞こえてドアが開いた。
「あ、桃華さんだー」
現れたのは青髪ポニーテールの女の子。だけどずいぶん背が低いな。蒼月さん、こんなに小さくなって……。
「瑠奈ちゃん、来たよー! 氷奈いるかな?」
「うん、呼んでくるねー」
「桜野さん、あの子はもしかして……」
「氷奈の妹だよ」
やっぱりそうか。蒼月さんなワケがない。それにアニメにも少しだけ出てたから知っている。蒼月さんはあの子の病気を治すために魔法少女になったんだ。
「前に食堂で話したことあったよね。確か小学五年生だっけ?」
「うん、瑠奈ちゃんっていうの。活発で元気な子だよ!」
妹さんも蒼月さんに似て整った顔立ちをしている。小学生に対して可愛いとか美人だとか思うのはどうなんだと思いつつ、どうやら姉妹でも性格はけっこう違うらしいな。
玄関の正面には階段が見える。それから左右に部屋の入り口があり、奥にもいくつか部屋がありそうだ。
しばらく待つと左の方から二人分の足音が近づいて来ている。蒼月さんと妹さん、美人姉妹のお出迎えに俺は今更ながら緊張してきた。
「二人ともいらっしゃい。さあ、入って」
さすがにアポ無しではなかったか。蒼月さんは俺を見ても驚いた様子はない。きっと桜野さんが事前に話しておいてくれたんだろう。
蒼月さんは白Tシャツにベージュのハーフパンツと、意外にラフな服装だ。普段は見えない蒼月さんの白くて細長い足が見えている。
改めて見るとやっぱり青髪ロングの美人という印象を抱く。
蒼月さんが二人分のスリッパを置いてくれて、俺と桜野さんは「おじゃまします」と言って中に入った。
「私の部屋は二階だから」
蒼月さんが先陣を切って階段をのぼる。俺と桜野さんも蒼月さんのあとに続いた。
「えへへー、氷奈の部屋ー!」
嬉しそうな桜野さんを見て俺は癒されつつ、蒼月さんの部屋に近づくにつれ緊張が高まっていた。