第59話 彼女達はあのままでいてほしい
「今、お前が感じているその気持ち。その感情の名前は『怒り』。そして『恐怖』だ……!」
俺はハラグロにそう言い放った。俺の両手では着々と、負の感情のエネルギー解放の準備が進んでいる。
「気分はどうだ? 人間はな、いつもそんな感情と共に生きているんだ」
「こ、こんな感情ならいらないよ! やっぱり感情なんてくだらないじゃないか!」
「何を言っている? それがお前の大好きな負の感情だぞ?」
「うるさい、黙れ! これが感情だというのならやっぱり人間は醜いね! そんな存在いらないよ!」
「たったそれだけで人間を分かった気になるなよ? 感情というものはもっと複雑なんだ。例えばお前は他の誰かのために、何かをしたことがあるか?」
「他の誰かのためにだなんて無駄もいいとこだね!」
「それなら誰かに優しくしたことはあるか?」
「あの子達を魔法少女にしてあげたじゃないか!」
「この世界を破壊しようだなんて、胸が痛まないか?」
「全然痛まないね! 負の感情を抱くほうが悪いんだ!」
この期に及んでもそんなことを言うだなんて、どれだけ人間を嫌っているんだ?
やっぱり俺達とハラグロは相容れないみたいだな。
「感情は悪いものだけじゃない。たとえばさっき誰がここに残るかという話になった時、お前は俺と魔法少女達が言い争いを始めると思っていたんじゃないか?」
「ああそうだよ。押し付け合うのが普通じゃないか!」
「だがお前の予想は外れた。それどころか全員が自分が残ると言い出した。それを聞いた時、お前はどう思ったんだ?」
「馬鹿だなと思ったよ。だってそうだよね、黙っていればいいものを、わざわざ自分からここに残ると言い出すだなんて」
「お前にはそう見えたのか。だが他人を思いやる気持ち。それが人間のいいところでもある。もし全ての人間がお前みたいに自分のことしか考えない生き物だったら、世界はとっくに滅んでいただろうな」
こいつの世界が危機なのは、案外そんな理由なのかもしれない。
俺は人間の代表じゃない。でもたとえどんな理由があったとしても、他の世界を破壊しようだなんて許されるはずがないんだ。
「せめてお前が常に魔法少女達と行動をともにしていれば、人間のいい部分をたくさん見ることができただろうに……」
俺が転生前に見てきたどんな人よりも、魔法少女達は温かい。全員が自分のことよりも他人のことを優先に考える。時にはそれが心配になるほどに。
最初はアニメの中だけの存在だった。つまりは二次元。だけど転生して実際に接してみると、彼女達は確かに存在していると実感した。
俺はそんな彼女達を見て、絶対に闇堕ちなんてさせたくないと思ったんだ。
転生前の俺は決して楽しく生活をしているわけじゃなかった。
人間の嫌な部分をたくさん見てきた俺だけど、そんな俺にもまだ、この人のためならどんなことでもしたいという気持ちが残っていたんだなと知ることができて、本当によかったと思う。
「さあ、解放の準備が終わったぞ」
突き出した両手には、宝石から溢れ出た負の感情のエネルギーである黒いモヤが、まるで俺の手を包み込むように集まっている。
「待って! 本当にそれを僕に当てるつもり!? 君が言うその『思いやり』っていうのは、僕に対しては無いの!?」
「さすがのお前も消えるのは怖いようだな。だがはっきり言う。そんなものは無い!」
これは魔法少女達にはできないこと。なぜなら彼女達ならきっと、ハラグロに対しても情けをかけるだろうから。
彼女達はこんなことをしなくていい。ずっとあのままでいてほしい。手を汚すのは俺だけで充分だ。
俺は魔力を集中させ、一気に解放した。それは思っていたよりもずっと大きな黒い波動となり、ものすごいスピードでハラグロへと向かう。
「ギャアァァ……!」
そしてその波動の中に、赤い光が二つ飲み込まれていくのが見えた。その光とはハラグロの目。
それは間違いなくハラグロに命中したことを意味していた。
やがてその黒い波動が小さくなり、ついには出なくなった。目の前を見てみるとハラグロの姿はなく、どこまでも広がる闇があるのみ。
(ついに終わったぞ……)
俺はこんな場所に一人でいることの不安など忘れて、魔法少女達を救うことができたことに、今までで一番の喜びを感じていた。