第58話 お前に感情を教えてやろう
ハラグロが作り出した真っ暗な空間で、俺とハラグロの二人きり。
いずれ決着をつけなければと思っていたから丁度いいともいえるけど、こんな場所になったのは想定外だった。
とはいえ誰かがここに残らないといけなかったんだ。そもそも俺の目的は桜野さんを闇堕ちから救い、魔法少女達を解放することだ。
俺は別に自己犠牲の精神が強いわけじゃない。だけど彼女達のためなら俺は喜んで身代わりになろう。
「ハラグロ。お前が欲しいのはこれだろう?」
俺はあの白い宝石を二つ取り出し、ハラグロにそう言った。
一つは俺が持っていた物、もう一つはさっき桜野さんに頼んで渡してもらった物だ。どちらにも負の感情がたっぷりと溜まっている。
「あのピンク髪の少女の分も預かってくれたとは助かるよ。さあ、僕にそれを渡してくれるかな」
「これはそんなに強力なエネルギーがあるものなのか?」
「そうだよ。ここに来る前に言ったじゃないか、この惑星にあるもの全てを破壊できるってね」
「そうか。ならやっぱりお前には渡せないな」
「一条 早真君、この状況で他の選択肢が君にあると思うかい? ここは僕が作り出した空間だ。君が帰れるかどうかは僕次第なんだよ?」
「もとより覚悟の上だ。それよりも、お前に頼みたいことがあるんだが」
「僕がそんなことに耳を傾ける義理はないんだけど、話を聞くだけならいいよ」
「魔法少女達を解放してあげてほしい」
俺はさっき彼女達に聞いたんだ。「もし全てが片付いたとして魔法少女のままでいたいのか?」と。
すると全員が「普通の女の子でいたい」と答えた。確かに魔法は便利だ。だけどそれは本来人間には無い異能の力。そんな力がなくても十分に生きていける。
それに魔法少女という繋がりが無くなったとしても、きっと彼女達の関係性はこのまま続いていくに違いない。
「だから前にも言ったじゃないか、僕には魔法の力の解除はできないんだって」
「それが俺の願いだとしてもか? お前に協力する代わりに、願いを叶えてくれるんじゃなかったのか?」
「確かにそうだけど、君はもう魔法使いになっているじゃないか。願いは一人ひとつだけだよ。だからダメ。君は欲張りだね」
「お前は何を言っている? 俺が魔法使いになったのは、お前に頼まれたからだ。最初に会った時、『お願いだ、僕と一緒に世界を救ってくれるかい?』と言ったのはお前じゃないか」
ハラグロは俺の話を黙って聞いている。俺はここぞとばかりに続けた。
「そしてこうも言ったな。『君は願わなくても最強になれる素質がある』と。だから俺はお前に何も願っていない。勝手に勘違いしたのはお前だ。それにお前の目的の物はここにあるから、もう彼女達が魔法少女である理由は無いはずだろう?」
例えばハラグロに計画をやめろと願ったところで、不利益な願いを聞き入れるとは思えないし、それじゃ魔法少女達は解放できない。
結局のところ、ハラグロ自身に魔法少女達を解放させるのが一番なんだ。
「……分かったよ、君の願いを叶えてあげるよ」
ハラグロはそう言うと体から光を放ち、俺の視界が一瞬だけ白くなった。
「これで彼女達は魔法少女ではなくなったよ」
「言葉だけで信じられるか。証拠を見せろ」
するとハラグロは空中に映像を浮かび上がらせた。そこには変身が解除された四人と、地面に仰向けで横たわっている俺の姿が映し出されている。
突然変身が解除されたことによる彼女達の不思議そうな表情と、俺がそこにいることから、それが今の映像であると分かる。
「解除できるじゃないか。嘘つきやがって」
「やれやれ、これがそんなに大事なことなのかい?」
「お前には分からんだろうさ」
「それにしてもあの子達は本当に馬鹿だよね。だってあんなに長い間怪異と戦ってきたのに、全然気が付かないんだから」
「彼女達を馬鹿にするんじゃねえ! みんなはな、怪異と戦うことが自分達の世界を救うと信じて必死にやってきたんだ! 真実を知らされないままで……!」
「でもそのおかげで魔法が使えるようになったよね」
「ふざけるな! もとよりお前は彼女達を長い間怪異と戦わせた挙句に犠牲にするつもりだったじゃないか! それに世界が滅んだら何の意味も無い!」
「そんなことは知らないよ。仮にそうなっていたとしたら、それはあの子達の心が弱いからだよ」
「心が弱いだと? 心が弱くて魔法少女ができるかよ! 彼女達は誰よりも強い心をもっているんだ!」
「もう分かったから、早くそれを渡してくれないかい?」
俺はそれに返事をせず、二つの宝石を一つずつ両手に持ち、ハラグロに向けて腕を突き出した。
「例えば今、俺がお前に向けてこの宝石の力を解放したとしたらどうだ? この世界を破壊できるほどの力があるんだろう? 果たしてお前に耐えられるのか?」
ハラグロの耐久力がどのくらいのものかは分からない。正直に言うとここからはハラグロの反応次第になる。
「そんなことをして僕が消えたら、君はここから出られなくなるよ」
いつも自信に満ちているハラグロが、話を逸らそうとしている。
「最初に言ったじゃないか、もとより覚悟の上だと」
「前にも言ったよね、僕に魔法は効かないよ」
「安心しろ、これは魔法じゃない。人間が生み出した負の感情という名の力だ」
「それなら今すぐ君の魔法使いの力を解除するよ。そうすればそれを使うことはできないからね」
「なんだ、もう忘れたのか? さっき俺がした願いは、『魔法少女達を解放してあげてほしい』だ。そこに俺は含まれていない」
「そ、そんなのどうにでもできるさ」
「覚えているか? ドラゴン怪異と戦った後、俺がお前から酷い映像を見せられた時のことを。あの時お前は『僕にとって契約は絶対なんだ』と言ったな。俺がお前の願いを引き受けた時点で、お前にも俺の願いを引き受ける義務がある。そして俺が願ったのは魔法少女達の解放だけだ。契約違反をしていいのか?」
俺が冷静にそう言うとハラグロは黙り込んだ。
「どうやら契約違反になると、お前にとってよほど不都合なことが起こるようだな」
細かいことまでは分からない。だけどそれは大した問題じゃない。大事なのはこれでハラグロがおとなしくなるかどうかだ。
「ね、ねえ……。僕に何かあると君は本当にここから出られなくなるよ。お願いだから考え直してみない?」
「何度も言わせるな。それにお前を野放しにはできない。全てを破壊しようとしておきながら、まさか自分は助かりたいだなんて言わないよな?」
「それのどこが悪いのさ! 誰だって自分が一番かわいいものじゃないか! 他の生き物のことなんて知るもんか!」
ハラグロの反応は本気だ。宝石の力を解放すればハラグロは消滅するのだろう。
俺はハラグロの言葉を無視して、宝石の力を解放する準備に入った。白かった宝石が瞬く間に黒へと変わり、黒いモヤが次第に溢れ出していく。
「お願いだって言ってるじゃないか!」
「その願いは聞けないが、代わりの願いならもう叶っている」
「か、代わりの願い……?」
「そうだ。あの時お前はこうも言っていた。『感情というものを体験してみたいもんだね』と」
俺は宝石の解放を進めながらこう言った。
「今、お前が感じているその気持ち。その感情の名前は『怒り』。そして『恐怖』だ……!」