第57話 残る一人
元の場所に戻ることができるドアには、ハラグロが作り出した場所側にドアノブが一つあるだけ。
つまり、全員がドアの外に出た状態では完全に閉めることは不可能。ドアを閉めずに進むと同じ場所を無限ループしてしまう。
「どうしようこれ。でも何かいい方法があるはずだよね」
陽山さんがまるで全員を励ますかのような明るい声を出した。
リーダーは俺なんだから、いつまでも陽山さんに頼るわけにはいかない。俺が率先してみんなの不安を取り除かないといけないんだ。
そう考えた俺はハラグロにこう言ってみた。
「お前が閉めればいいだけじゃないのか?」
「どうして僕がそんなことをしなくちゃいけないんだい?」
ハラグロはまるで「やれやれ」と言わんばかりに、呆れたような声を出した。俺だってハラグロの言うことはもっともだと思うが、なんか腹立つな……。
「でも安心してよ。そのドアは消えることはないからね。ゆっくり決めればいいさ」
ハラグロはそう付け足した。
「風魔法を使えば人がいなくてもドアを閉められそうだが」
俺はそう言って陽山さんを見た。
「私? 確かに私は遠距離魔法が得意だけど、風を起こしたりはできないよ」
俺もいろんな魔法が使えるけど、ドアを閉めるだなんてそんな都合のいい魔法は無い。
それはもはや魔法じゃなくて超能力と呼んだほうが正しいんじゃないか?
俺達はどうにかして魔法を応用するため、いろんな組み合わせや使い方を考えてみた。だけどいいアイデアが浮かばない。
そんな俺達をしばらく眺めていたハラグロが、何やら話し出す。
「あ、そうそう。言い忘れてたけど、そのドアは手でドアノブを持って閉める以外の方法では閉められないからね」
「だったらそれを先に言えばいいじゃん! あんたホント性格悪いよね」
ついに陽山さんがハラグロに直接文句を言った。
それよりもハラグロの言う通りだとすれば、一人はこの空間に残ってドアを閉めなければならないことになる。
(こいつの狙いはこれか……!)
『誰がこの空間に残るのか』。きっとハラグロは、俺達がそれを決めるために争い始めると思っているのだろう。俺達の仲に亀裂を生じさせようとしているに違いない。
この空間に残るということは、身の安全の保障はどこにも無いということだ。もしかしたら二度と戻って来られないことだって考えられる。
「私がここに残るよ!」
全員が何か言いかけようとしたようで、一番早かったのは桜野さんだった。
「桃華、ダメ……! 私が残ってドアを閉めるわ」
「二人とも私を忘れてもらっちゃ困るなぁー。私は上級生なんだから見せ場を譲ってもらわないとね。だから私に任せなさい!」
やっぱりというか、魔法少女達は自分が残ると主張を始めた。
そんなやり取りの中、緑川さんの一際大きな声が聞こえてきた。
「そんなのダメですっ……! 桃華さんも氷奈さんも小夏さんも、私、みんな大好きなんです! だからそんなことさせません!」
今にも泣き出しそうな表情で、目に涙を溜めている。
「私、こんな性格だから昔から友達ができなくて……。時には馬鹿にされたりして……。でも
唯一、小夏さんだけが優しくしてくれて、本当に嬉しかったんです。そして桃華さんと氷奈さんにも出会えて、さらに日々が楽しくなりました。魔法少女になって本当によかったと思っています。だからこれは私の勝手な恩返しなんです。私がここに残ります!」
語尾に近づくにつれ次第に力強くなる言葉。俺も同じような経験をしてきたから、緑川さんの気持ちが痛いほど分かる。
この人のためならなんだってしようと思える人に出会えるのは幸せなこと。それは依存なんかじゃないと俺は思う。
「若葉……。その気持ちは嬉しい。だけど勝手はダメだからね。恩返しというのなら、これからも一緒に遊んでくれることが私は一番嬉しいよ」
「小夏さんの言う通りだよ、若葉ちゃん」
「そうね。緑川さん一人が背負うことはないと思うわよ」
「うーん……。だったらさ、あんただけ外に出てもらうってのはどう? 私たち四人がいればなんとかなるかもしれないしさ」
「ちょっと待て! どうしてそうなる? そんなの俺が認めるわけないだろう」
「えぇー、ダメ? いいアイデアだと思ったんだけどなぁー」
「ねぇねぇ君達、早く決めてくれないかなあー。そんなの誰だっていいんじゃないの? 僕だって暇じゃないんだよ?」
うるせーなハラグロは。さっきは「ゆっくり決めればいいさ」って言ってたくせに。
俺はそんなハラグロの言葉は無視して、改めて全員に向けて言う。
「大丈夫だ。まだここでやることがあるからな。それと俺にだってこの先まだまだ楽しみなことが待っているんだ。だから俺だってずっとここにいるつもりはない」
それは夏休みに二人きりで遊ぶという緑川さんとの約束。きっと勇気を出して誘ってくれたに違いない。俺は絶対にその気持ちに応えたい。
「そっか、あんたがそこまで言うのなら何か考えがあるんだろうね」
陽山さんのその一言は他の三人だけでなく、まるで自分自身にも言い聞かせているようだった。
「みんな、それでいい?」
「わかりました……。でもナイト君、絶対に帰って来てね」
「私も桃華と同じよ。絶対に帰って来て。絶対よ。だってそうじゃないと私は……っ!」
「ナイトさん……。帰りを待っています」
俺は四人に声をかけて、四人がドアの外に出た。そして代表するかのように陽山さんが優しく声をかけてくれる。
「みんなで待ってるからね、一条君……」
俺の名前の部分だけ、ささやくような小声だった。俺にしか聞こえていないだろう。陽山さんはやはり俺だと分かっているのだろうか?
名前を呼ばれたことで、なんとしても帰るんだという思いがより強くなった。
そして俺は静かにドアを閉めた。
「やっと決まったんだね、待ちくたびれたよ。だけど君が残ってくれて、僕にとっては一番よかったかな」
相変わらずハラグロは何の配慮もないセリフを口に出した。
「それは偶然だな、俺もお前とゆっくり話したいと思っていたんだ」